幸せな人か、それとも

 2008/09/19(Fri)
 というわけで(?)、またまたしつこく(^^;)酒井抱一です。

 抱一はその作品のみならず、彼自身の特異な生涯にも興味を持たれる人らしく、しかもなまじっか大名家の生まれでしかもその身分をあっさり(?)放り出して画家として成功しただけに、気ままな人生を送った羨ましい人、というイメージが一般的なようです。私も以前はそう思っていたのですが、お馴染み玉蟲敏子氏の「都市のなかの絵―酒井抱一の絵事とその遺響」で実は出家の際に色々ごたごたがあったらしいという話を初めて知って、ちょっと驚きました。今回「もっと知りたい酒井抱一」にもコラム「不本意な出家とその理由」で取り上げられていますが、例の鏑木清方の三幅対絵から抱一だけを紹介したのも、そういうお気楽な遊び人(笑)のイメージを敢えて否定しようとしてのことかもしれませんね。

 またもうひとつ、作家丸谷才一氏が、著作の中で抱一に触れて以下のように書いていたことがあります。


「個人の才もあらうし、時代の性格もあらうが、とにかく、日本の歴史のなかでこれほどおつとりとめでたく、風雅に遊ぶ自由を得た人はゐない。この際、あれでもうすこし苦労してゐれば抱一の絵や俳諧の格がもう一つあがつたらうなどと憎まれ口をきくのは余計なことで、われわれはただ彼の境遇を羨み、ほんのちよつぴり嫉妬すればそれでよいのである。」(『日本の色』朝日選書)


 短い一文ながら、酒井抱一という人物のイメージを実に心憎いほど的確に描写した名文句で、まさにこういった「幸せな画家」であったと長年信じられてきていたのでしょう。事実抱一の描く華やかで優美な琳派の世界はそれにふさわしいものでしたし、遁世したとはいえまさか光琳のように借金苦に追われることもなかったはずで、何より彼自身絵師として世間に認められたことを少なからず誇りに思っていたようですから、幸せでなかったとは言いません。
 とはいえ、たとえ生活苦にこそ縁がなかったとしても、本当に抱一の人生は何の苦労も悩みもない幸せなだけの単純なものだったのでしょうか?
 研究者でも何でもない素人の私には想像するしかできませんが、数ある抱一の作品の中でも「夏秋草図屏風」のように嫋々と哀切な憂いを感じさせる絵を見ると、決して単純なセンチメンタリズムなどだけではあんな世界は描けないのではないだろうか、という気がします。澁澤龍彦に「日本の四季の草花がこんなに美しいものか、こんなに悲しいほど美しく透明であってよいものか、といった理不尽な思いに私たちを誘いこむばかりの魅惑にみちている」(『澁澤龍彦空想美術館』平凡社)とまで言わせたあの絵は、恐らくはそれを描いた絵師の心そのものを映し出したものでもあったでしょうし、そんな宗達や光琳には感じられない哀しみのようなものをふと垣間見るからこそ、私は抱一が好きなのかもしれません。(少なくとも作品だけを見るなら、一番幸せな画家だったろうと感じるのは断然宗達です) 「夏秋草図」の製作は酒井家の婚礼を祝ったものとする説もありますが、それよりも玉蟲氏が以前挙げた「光琳への追慕をこめた作品」説が素直に頷けたのも、同じくあの優美な中にも憂愁漂う気配がそれに似つかわしく感じたからでしょう。

 何にせよ、今度の大琳派展でその「夏秋草図屏風」は全期間中展示ということなので、それはもうぜひとも毎週会いに行かねば!(笑)と今から大変楽しみです。また銀屏風作品ではしばらく揃ったことのない「紅白梅図屏風」「波図屏風」も出てくれないかと期待しているので、早く展示一覧を出してください東博さん!

スポンサーサイト
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://ctobisima.blog101.fc2.com/tb.php/58-f56d8ce1
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫