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十月十日の誤解?

 2008/07/12(Sat)
 本日たまたま図書館で借りた源氏物語の研究書を読んでいて、薫の父親は本当に柏木なのか、という突込みをした論文に遭遇しました。おお、これは面白そうだと思ったのですが、読んであれ?となったのです。

 四月十余日 ……柏木、女三の宮に密通
 翌年正月(?)……薫誕生
 同三月    ……五十日の祝い

 以上が本文から判る経過で、著者はこれについて、妊娠期間は十月十日なのだから計算が合わないと主張しているのです。確かに旧暦で28×10+10=290日と考えると、薫の誕生は二月下旬から三月になりますから、五十日の祝いは四月にずれこむ可能性が出てくることになりますね。

 しかしここで大問題なのが、そもそも「十月十日」という日数です。(※以下ちょっとデリケート(笑)な話になります)

 現代の妊娠日数の数え方も28日=1月で大体280日としていますが、これは最終月経の初日からのカウントであって、実質的妊娠期間(つまり受胎から出産まで)は排卵日までの約2週間を引いた266日が平均値と言われます。これを旧暦で考えた場合、女三の宮が密通からすぐに懐妊したとすると(実際相手の柏木はそう思っている)、266÷28=9ヵ月と14日、つまり薫が生まれたのは大体一月下旬から二月始め頃で、よって五十日の祝いは三月後半で計算は合うのです。もちろん実際の期間はある程度誤差が出ますし、また当時は数年に一度閏月が入ることもありますが、それを差し引いても薫が柏木の子とするのは問題ないと思うのですよね。

 ところで源氏物語にはもうひとり、やはり密通で妊娠・出産した藤壺のケースがあります。こちらは冷泉帝誕生が二月十余日、そこから逆算して受胎したのは四月下旬頃で、「若紫」の描写とも合致します。なお表向きは桐壺帝の子として十二月出産予定と発表されたため(「紅葉賀」)、十月十日なら二月懐妊となりますが、四月に藤壺が宿下がりするまで桐壺帝が最愛の妃である彼女を放っておいたとはとても思えませんから、ここは三月懐妊で妊娠期間はやはり約9ヵ月+αで計算したと見ていいでしょう。
 またついでながら明石の君が姫君を産んだのも二月十六日で、六月頃(今で言う妊娠三ヵ月)から兆候が見えたとありますから、平安時代の女性の妊娠期間が現代とそう極端に違うとも思えません。それに作者紫式部自身、自分の娘(賢子)や中宮彰子の出産も経験している人ですから、まさかこういう重大な事件についてミスを犯したりはしないと考えます。(年齢は時々確信犯的に変えたようですが)

 というわけで、何だか引っかかったのでとりあえずここに書いてみました。この「十月十日」は女性でも案外勘違いしている人が多いようですが、現実の男女関係でも一歩間違えると大惨事になりかねないので気をつけましょう(^^;)
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