祭りの季節

 2014/05/15(Thu)
 ご無沙汰していますこんにちは、しばらく公私共に多忙でばたばたしているうちに、早くもこの季節となりました。今年の葵祭はそれなりにお天気にも恵まれたのでしょうか、夕方のニュースでも報道されていましたね。
 千尋の葵祭見物体験はちょうど10年前の一度きりで、しかも当時はまだ賀茂斎院にはそれほど興味は持っていなかったので、時間が許せばぜひともまた行きたいです。特にこの季節は糺の森の新緑がとても美しく、12日の御蔭祭もなかなかに素敵なのですよね。

 さて葵祭と言えば斎王代、斎王代と言えば賀茂斎院というわけで、今日は少し前に出版されたお勧め本のご紹介です。

異端の皇女と女房歌人 式子内親王たちの新古今集 (角川選書)異端の皇女と女房歌人 式子内親王たちの新古今集 (角川選書)
(2014/02/22)
田渕 句美子

商品詳細を見る


 サブタイトルでおわかりの通り、この本は歴代賀茂斎院の中で恐らくもっとも有名な31代斎院・式子内親王を取り上げています。著者の田渕氏は『新古今集 後鳥羽院と定家の時代 (角川選書)』でも式子内親王について触れていますが、今回はさらに深く踏み込んで、堂々たる主役として再登場させてくれました。
 この本では近年式子内親王やその家族について新たにわかった研究結果等もかなりたくさん載せられていて、その意味でも貴重ですが、何よりもこれまでの「内気で非社交的な薄倖の皇女」と思われてきた式子内親王のイメージを一新させる内容は大変新鮮で面白いです。式子内親王がとりわけ多く歌った「忍ぶ恋」の和歌は実は題詠であったというのも驚きですし、そもそも「内親王」が職業歌人らと共に歌合わせに参加するというのも当時は異例のことであったというのは、現代人の感覚ではむしろ意外に思われますが、そうした目で見ると当時の式子内親王の存在は今思うよりもずっと大きなものであったのかもしれません。それは前斎院だからというわけではなく、後鳥羽院が歌人として高く評価したことが大きな理由の一つであったらしく、そう思うとちょっと嬉しいですね。

 ところで去年賀茂斎院サイトにアップしたレポートですが、その後色々と調べていて、平安後期の天皇は在位中に崩御した場合でも、建前上は「譲位した後に亡くなった」ことにされたらしい、ということを知って驚きました。これを「如在之儀」と呼ぶそうで、この結果堀河天皇以降の歴代天皇は在位中に崩御しても、儀式としては退位した上皇として亡くなった扱いにされたわけです。ということは、父ではない上皇の崩御では賀茂斎院も退下することはないわけですから、これは斎院絡みでもなかなかに重要な問題なのですね。
 去年の賀茂斎院レポートでは、後冷泉天皇や二条天皇等の崩御で斎院が退下しなかったのは「崩御した天皇が次の天皇の父ではなかった」ためではないかと考察しましたが、どうやら本当の理由はそもそも「天皇崩御とは見なされなかった」ことにあったようです。今のところ25代斎院禛子内親王の項目等で軽く触れていますが、この問題はかなり重要なものですので、いずれ改めてじっくり考察してみたいと思っています。

スポンサーサイト
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://ctobisima.blog101.fc2.com/tb.php/367-5175e766
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫