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金の月夜、幻の銀屏 夏目漱石の美術世界展

 2013/07/08(Mon)
 7月6日(土)、会期ぎりぎりでようやく「夏目漱石の美術世界展」(東京藝術大学美術館、2013/5/21-7/7)へ行ってきました。

 既に触れたように、今回は酒井抱一の幻の作品とも言える「月に秋草図屏風」が久々にお目見えというだけに、抱一追っかけとしては是非とも行かねばなりません。しかしこの大本命はラスト2週間のみの出展というので、それではのんびり待っていようと思っていたら、6/2放送の日曜美術館でびっくり仰天しました。
 漱石と抱一と言えば真っ先に連想する例の『虞美人草』に登場する銀屏風、あれは恐らく漱石が創作した架空の作品と思われるのでさすがに出せないだろうと思っていたら、何と芸大の先生が「こんな感じだったかもしれない」屏風をわざわざ描いたというのです(!)。そう来ますか!?と驚愕、いやー随分と大胆な思い切った企画に出たものですが、さすが芸大ならではの離れ業?ですね。

 さて、その問題の「虞美人草図屏風」ですが、実際に見た印象は正直言ってちょっと違うかなあ?という感じでした。
 確かに「方六尺の銀屏」ではありますし、また虞美人草の描写も「四季花鳥図巻」を思わせるものではあるのですが、全体の構図は抱一さんだったらああはしないのではないかしら、と思うのです。大体抱一さんは「く」の字型とかV字型とかの非線対称な構図を好む人ですし、余白の面積はともかくああいうトリミングの仕方は何だか違和感があるのですよ。それに「柔婉なる茎を乱るるばかりに」「会釈もなく緑青を使って」という描写は、青邨の「罌粟」ほどではないにせよ、もっとたくさんの花を描いたイメージだったのではないかと感じました。
 ちなみに会場には漱石が所蔵していたという図録も展示されていて、その中にかの「夏秋草図屏風」の写真もあったので、漱石はほぼ間違いなくあの絵を知っていたはずです。同じ銀屏風でも「波図屏風」や「紅白梅図屏風」は知らなかったかもしれませんが、そうだとしたらなおさら「抱一の銀屏風」で「夏秋草図」を連想しなかったとは思えません。そしてその銀地が「亡き人を追慕する」月光を象徴する色であることを、漱石は知っていたのでしょうか。

「すべてが美くしい。美くしいもののなかに横(よこた)わる人の顔も美くしい。驕る眼は長(とこしな)えに閉じた。驕る眼を眠った藤尾の眉は、額は、黒髪は、天女のごとく美くしい。」

 漱石は死の床に冷たく横たわるヒロインを、このように描いています。その枕元に立てられた、銀地とは言え艶やかな赤や紫に咲く虞美人草(ひなげし)と鮮やかな緑青の葉を描いた屏風を、漱石はどのように思い描いていたのでしょう。文章から受けるイメージが何とも濃艶な印象だけに、今回の「推定試作」を前に改めてつくづくと考え込みました。
 なおこの銀屏風、原作の通りに逆さに置いたりはしないのかなと思っていたら、一日限定で本当にそれもやったそうですね。(笑) 知らずに見逃してしまったのはちょっと残念でしたが、やっぱりそれも考えたんだなと思ったらちょっとおかしく、またスタッフの皆様の熱意とこだわりを感じて嬉しかったです。

 ところでそういえば、今回この「虞美人草図」は銀の黒変を考慮して、花の部分の銀箔を切り取って描いたそうです。しかし抱一さんの銀屏風って、「夏秋草図」「紅白梅図」「波図」の三点いずれも、黒変というほどの極端な焼けは見られないのですよね(特に、一番早いはずの「波図屏風」の銀の美しさは感動的です)。
 ちょうど同時期に江戸東京博物館で開催中のファインバーグ・コレクション展で、其一の息子(つまり抱一の孫弟子)守一の銀屏風は無残に焼けて黒くなってしまっていましたが、あれは抱一さんやっぱり何か彼だけの特殊な処理をしていたのではないかと思うのです。以前宗達が描いた謡本でも綺麗な銀色を残しているものを見たことがありますが、閉じておけば空気に触れず硫化を防げる本とは違って、屏風(それも「夏秋草図」と「紅白梅図」は裏屏風です)はどんなに大事に保管しても限度があったでしょうし、事実弟子の其一や池田孤邨の銀屏風もやっぱり黒くなってるんですから。


 一方、久々にご対面の「月に秋草図屏風」についても、改めてじっくりと見てまた新しい発見がありました。
 今まであまり意識したことがなかったのですが、この「月に秋草図」、色んな意味で「夏秋草図」とは対照的な作品です。「夏秋草図」はクールな銀地ながら彩色は非常に鮮やかな作品ですが、「月に秋草図」は画面を大きく占める葛の葉と茎の大部分が渋い墨で描かれていて、金地でありながら非常にシックな印象です。よく見るとその墨の茎のところどころから緑青で描いた葉が伸びているのですが、葛の根元に咲く花で最も目立つのは青い桔梗で、赤系の色は葛の花の淡い桃色以外にありません。「夏秋草図」ではススキと葛がどちらも鮮やかな緑青でくっきりと描かれ、さらに白い百合と紅い蔦紅葉のコントラストが一層それを際立たせているだけに、逆にこちらの方が普通の銀屏風のような渋さだなと思いました。

 それにしても、金屏風に銀の月、というのは宗達やさらに古い作品にもよくありますが、大抵はアーモンド型の半月が多く、ああいう真ん丸な月はあまり見たことがない気がします(いわゆる「武蔵野図」の月は丸いですが、あのごろんと転がった巨大な月もある意味凄い。笑)。抱一さんの作品でも、山種所蔵の「月に秋草鶉図屏風」は黒い月ですし、そもそも抱一さんの場合、掛け軸はともかく屏風で「月」をはっきり描いた作品自体、意外なようですが珍しいですよね。「四季花鳥図巻」の萩の花の背景に描かれた銀色の月も綺麗でしたが、銀屏風になると銀地が月光を暗示するだけで月そのものは描かれないから、そのせいもあるのでしょうか?


夏秋草図1
しばらくご無沙汰中の「夏秋草図」。

月に秋草図
金地だけれど渋い「月に秋草図」。


 ともあれ、例によって大半は抱一さんに夢中でしたが、それ以外のターナーやウォーターハウス、ロセッティ、ミレイの絵ももちろん皆素敵で素晴らしかったです。よくあんなにたくさん借りて来られたものだと感心しましたが、それにしても漱石って本当に絵画が好きだったのですね。大昔に大学の講義で『三四郎』を読んだ頃はまだ全然知識がなくてちっとも気がつかなかったので、いずれじっくり読み直してみようと思います。

 ところで7月6日の「美の巨人たち」と、翌7月7日の「日曜美術館」は何と、二日連続で鈴木其一でした。私も気がついたのが直前でここに書く暇がありませんでしたが、「日曜美術館」は14日夜に再放送がありますので、昨日気がつかなかった方はどうぞお見逃しなく!

 関連過去ログ:
 ・「虞美人草の謎 青邨・漱石・抱一
 ・「文豪の愛した絵画 抱一と漱石

 関連リンク:
 ・夏目漱石『虞美人草』(青空文庫

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コメント
いつも楽しく拝見しております。
今回の『虞美人草』に登場する銀屏風の幻の作品について
千尋さんがどのようにコメントするのだろうか、と
楽しみにしていました。
余白の使い方の違和感、花の流れ、本数等、
抱一さんの絵ではないなあ、と感じたのですが
抱一さんを追っかけてまだ数年、
自分の感じ方に自信がもてませんでした、、、、
が、千尋さまもそうおっしゃるなら
少しは「私は抱一ファンです」と公言してもいいかな、と
嬉しく思った次第です(笑
それにしても今回の展覧会で
若いころ
いかに夏目漱石の絵画の描写の部分をスルーしてたか
痛感しました。
私も再度読んでみようかと思います。

【2013/07/10 15:00】 | ベルマーチ #- | [edit]
こんにちは、コメントありがとうございました。
一生懸命頑張ってあの作品を描いた先生には申し訳ないですが、
何しろ想像上の作品ですから難しいですよね。
とはいえ、抱一は今でも時々未知の新作?が突然出てきたりするので
今後本当に本物が出てくる可能性も全くないわけではないかも…と
ちょっとだけ期待しています。
【2013/07/15 11:58】 | 飛嶋千尋 #- | [edit]












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【2013/07/10 20:21】
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