レポート提出

 2013/06/21(Fri)
 本日、賀茂斎院サイトに小論「賀茂斎院から見る『源氏物語』年立論」をアップしました。

 何を隠そう、今年に入ってからかれこれ半年近く一番心血を注いできたのがこれでして、今までになく仕事も忙しい時期と重なっただけに、正直言ってかなりしんどいものがありました。特に山のようなデータにどこか間違いはないかと何度も見直しを重ね、さすがに最近では疲れ果てていたので、そろそろこの辺で思い切ってアップしようかとやっと腹を括った次第です。
 ちなみについ先ほど偶然気がついたのですが、今日は旧暦の五月十三日で、月に3回の午の日のうちの二番目、中午日(戊午)なのですね。そうか、あと一月早ければちょうど平安時代の斎院御禊の日だったのだなと思い、どうせならその日に公開したかったなとも思ったものの、もういい加減来年まで待っていられないので思い切って公開に踏み切りました。多分まだぼろぼろ間違いはあると思うのですが、また後日ゆっくり見直していこうと思います。

 それにしても、調べれば調べるほど次から次へと調査範囲が広がっていって、いやはや今回は本当に疲れました。大学時代の卒業論文だってここまで真剣にはやらなかったかもしれないというくらいに頑張ったものの、何しろ日本史には素人なのでせいぜいレポートに毛が生えた程度ではありますが、こういう角度から源氏物語を考え直すきっかけになったのは調べながらとても面白く楽しかったです。(予想外に大風呂敷広げてしまった気はしますが…苦笑)

 そうそうもうひとつ、先日31代式子内親王について、かねてから噂に聞いていた(笑)『兵範記』断簡(京都大学所蔵)をついに見つけました!
 長年謎だった式子の年齢を確定したことで知られる、その筋では非常に有名な史料なのですが、何しろ見つかったのがたった20年ほど前(!)だけに古い本には当然載っておらず、どこを探せば肝心の本文が載っているのか判らなくて困っていたのです。しかも問題の断簡は、式子の年齢もさることながら斎院退下についての記事まであったというので、古写本の写真でも何でもいいからとにかく見たい~!とずっと思っていたのでした。
 そうしたら、ちょうど10年前に京都大学博物館で開かれた特別展に問題の断簡が初公開で展示されていて、しかもその時の図録に写真はもちろん釈文までもばっちりと掲載されていたのですね。幸いこの図録は近所の図書館で所蔵していたので、喜び勇んで借りてきて早速釈文も掲載させていただきました。しかもこの時代には非常に珍しく、賀茂社に斎院退下を奏上した時のものと思われる祝詞(の草案?)まで残っているという素晴らしさで、もう感涙ものでした。もしいつか機会があれば、ぜひともこの断簡の実物を直接見てみたいものです。

スポンサーサイト
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://ctobisima.blog101.fc2.com/tb.php/349-fe16047d
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫