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抱一イヤーの新聞記事

 2011/10/28(Fri)
 昨日触れた酒井抱一ファンサイト(笑)の件で、最近また何か目新しい情報はないかと思い検索してみたところ、新聞記事やネットニュースがいくつかヒットしました。
 今年始めに朝日新聞(2/23)で「酒井抱一、秘めやか銀の美」を見つけていいなと思っていましたが、毎日新聞夕刊(10/13)で高階秀爾氏による「銀の詩人 酒井抱一」と題した千葉市美術館の「酒井抱一と江戸琳派の全貌」紹介があったのには少し驚きました。以下、「夏秋草図屏風」を紹介するくだりからちょっと引用させていただきます。

 「天上界の神々は人間世界とは別のいわば抽象的存在だが、雨に打たれ風に吹かれる地上の草花は、そこにこめられた清涼感、あるいはかすかな寂寥感とともに、見る者の心情に直接訴えかける。しかも表の明るい金に対して、裏は全面銀地である。そこに抑制された叙情性が漂う。抱一はたしかに銀の世界の詩人なのである」

 この「銀の世界の詩人」という言葉、いい響きですねえ。江戸時代であれば俳人と呼んだのでしょうが、なるほど現代であればむしろ詩人と呼ぶ方がしっくりくるかもしれません。
 なお高階先生はどちらかと言えば西洋美術がご専門のようですが、実は以前、玉蟲敏子氏が『酒井抱一筆 夏秋草図屏風――追憶の銀色』でサントリー学芸賞を受賞された際に選評を寄せています。そして今回久しぶりに抱一関連でお名前を見て、もしかすると個人的にも抱一に興味がおありなのかな、と嬉しくなりました。

参考リンク:『酒井抱一筆 夏秋草図屏風――追憶の銀色』選評(サントリー学芸賞公式サイトより)


 また一方、日本経済新聞のサイトにも「風流公子の憧れの軌跡」とサブタイトルをつけた抱一展の紹介がありましたが、こちらは冒頭の一文で吹き出しました。

 「次男坊は、つらいねえ。「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展(千葉市美術館)を見て、思い浮かんだのは、そんな言葉である」

 …これを書いた記者さんは絶対、先日の小林館長の講演を聞いていないに違いありません。(笑)
 確かにまあ、非常事態に備えて仮養子になったと思ったら、途端に甥が生まれてあっさりお役御免ではちょっと失礼じゃないかと言いたくなるかもしれません。しかしそうは言っても、お金に困らず毎日楽しく遊んで暮らして気の合う友達も大勢いて、おまけに好きな絵の才能にまで恵まれて大成功したなんて、そりゃあ小林館長でなくても羨ましくもなろうというものです。
 もちろん玉蟲氏が指摘されるような、酒井家との確執?やそこから来る鬱屈もそれなりにはあったでしょうけれど、若くして責任重大な殿様稼業を負わされて挙句に四十に満たない若さで亡くなったお兄さん(宗雅)を見ると、それ以上に奔放だった次男坊の抱一さんがお殿様になっていたらさぞかし窮屈な思いをしただろうことは想像に難くありません。しかも抱一さんの場合、酒井家が駄目でも他の大名家からの養子申込も選び放題だったのですから、それを全部断ったということはやっぱり殿様なんかやりたくなかったんでしょう。

 またもうひとつ、抱一の画業を「自分探しの軌跡」と表現したのは面白いと思いました。ただそうだとしても抱一さんの場合、「絵と俳諧」というジャンルは20代の青年期に早くも確立され、それは生涯を通して変わっていません。しかもお兄さんや叔父さんのようにお行儀のいい絵で満足していればともかく、大名家の子息でありながら浮世絵に夢中になったりして、家庭問題のことがなくても元々かなりやんちゃな人だったのではないでしょうか。
 そんな具合で抱一さんの場合、若い頃から既に確固として譲れない己を自覚していたように感じます。だからむしろ、探していたのだとすればそういう自分がありのまま自然体でいられるところの方だったのではないかなと、ふと思いました。逆に画業の上での方向性で悪戦苦闘したとするなら、それは抱一さんよりも弟子の鈴木其一の方のような気もします。(だから後で「爆発しちゃった」とか言われるんですよ…)

 とはいえ、丸谷才一氏の「個人の才もあろうし、時代の性格もあろうが、とにかく、日本の歴史のなかでこれほどおっとりとめでたく、風雅に遊ぶ自由を得た人はいない」(『日本の色』)という言葉に代表される抱一評は、実は次男坊としてそれなりの苦労もあったということが判ってきても多分変わらないのでしょう。
 …あんまり恵まれ過ぎた人生というのもある意味辛いですね、抱一さん。(苦笑)

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コメント
今日は、お会いできて感激でした。かねがね千尋さんの抱一への造詣の深さに驚かされていましたが、無知な
私などにも温かく接して頂き、本当に嬉しく楽しいひとときでした。ばたばたとお別れしてしまい、申し訳なかったです。どうもお疲れ様でした。
これからも楽しみに読ませて頂きます。
【2011/10/30 22:36】 | みけ #- | [edit]
はろるどさんのブログから飛んで
‘千尋さん’にたどり着きました。
みるたびにしあわせな気分にさせていただいてます。
もっと早くみつけたかった(涙。
生誕250年のこの年、わずかな貯金をくずして
抱一展をおっかけています。
来年はNYですかあ。。。
これからも‘抱一さん’のこと、いろいろ教えてください。
【2011/11/03 14:38】 | ベルマーチ #- | [edit]
>みけ様
こんにちは、こちらこそ先日はありがとうございました。
普段なかなか抱一のお話をできる相手がいないので、私も大変楽しかったです。
またゆっくりお会いできる機会があれば、もっと色々お話させてくださいね。

>ベルマーチ様
初めまして、おいでいただきありがとうございます。
好きな画家は他にもたくさんいますが、抱一は愛着の深さが講じて、何となく時々「抱一さん」と呼んでしまっています。(お墓はともかく、本人が実際に暮らした場所巡りまでしたのは彼だけなので。笑)
当方決して専門家ではありませんが、その分気楽なファンサイト(笑)としてお楽しみいただければ幸いです。
【2011/11/06 07:37】 | 飛嶋千尋 #EvGjErPc | [edit]












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