麗しき花実 酒井抱一と根岸の里

 2011/10/27(Thu)
 朝日新聞で連載していた時代小説『麗しき花実』(乙川優三郎、朝日新聞出版)に、酒井抱一が登場するという話を前にしましたが、その後きちんと紹介しないままうっかり忘れていました。というわけで、せっかく目下「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展を開催中でもありますし、この機会に改めて。(以下少々突っ込んで内容に触れますので、ネタバレの駄目な方はご注意ください)

  
麗しき花実麗しき花実
(2010/03/05)
乙川 優三郎

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 主人公・理野は松江から江戸へやってきた蒔絵師の女性で、原羊遊斎に弟子入りし、何と雨華庵のお隣の寮に住むことになります。おお、何と羨ましいシチュエーション!と最初は思ったのですが、しかしお隣さんでも(私にとって)肝心の抱一上人様は滅多に作中には登場しなくて、むしろ弟子の鈴木其一の方が重要な役どころを占めています。他にも抱一が弟子に何かと代作をさせているあたりの描写などから察するに、多分作者自身が其一をご贔屓なんでしょう。

 もっともこの「代作」という観念についても、そもそも当時の人々に今で言う「芸術家」と同じような認識があったのかどうかについては、ちょっと違うんではなかろうかと思います。何しろ抱一さんにこき使われた(笑)其一自身も後年同様に自分の弟子に自分の代作させていたそうですし、売れっ子絵師であればあるほど、現代の画家のように100%本人が絵を描くのはむしろ稀だったのかもしれません。この点は玉蟲敏子氏も『都市のなかの絵―酒井抱一の絵事とその遺響』第5章で詳しく検証しておられますが、しかし抱一さんの場合、厄介なことに代作を頼んだご本人の手紙がばっちり残ってしまっているのですよね。(笑) おかげで一部?の其一ファンにはあまり心証がよろしくないのでしょうが、物的証拠を残すのはさすがにまずいですよ、抱一さん…(苦笑)

 話戻って、そんな具合に主人公の印象も今ひとつの抱一さんですが、ある時主人公が「夏秋草図屏風」の下絵を目にする場面ではさすがに彼女も圧倒されます。ここは作中でも珍しく(笑)抱一が最大級に絶賛されているので、長くなりますが引用させていただきましょう。


「これは抱一が最も苦しみ、おそらく最も充たされた揮毫でしょう。下絵なので本絵ほどの迫力はありませんが、激しい風雨が見えるかどうか、さあ御覧じろ」
 妙華尼が茶碗を除けて下絵を開くのを理野も手伝った。一枚が二枚折屏風一隻にあたる下絵は広げると大きい。むろん表装はしていない。現れたのは紙継ぎをした粗紙の大画面に淡彩で描かれた秋草の姿態で、強風に吹き立てられる葛や倒れそうな尾花がまず目に飛び込んでくる。青い葛の先端は吹き上がり、その上方には千切れ飛ぶ蔦紅葉が描かれ、下方には藤袴が横たわる。薄に絡む蔦紅葉は淡彩のために沈んでいるし、下絵なので彩色よりも描線が目立つが、風は生々しい濃さで画面を吹き抜けている。目にした瞬間から抵抗をあきらめ、息を呑むとはこういうことであった。
 草花の絵にここまで深く危うい世界を見るのははじめてだったので、理野は圧倒されて黙っていた。何か抱一という画家に対して抱いていた不信感までが一気に吹き飛ばされる心地がした。晩夏に見た杜若の金屏風とは比較にならない厳しさがそこにはあって、人目を喜ばす装飾的な工夫よりも写実が重く出ている。教養ある遊蕩児の繊細な感覚は見えても、甘えは感じられない。(中略)

「本絵は鮮やかに色変わりして、どこか吉原を感じさせます、わたくしの思いすごしでしょうか」
 と妙華尼が言った。銀地に濃彩で表した本絵はさぞかし繊婉であろう。表の金地に対して裏の銀地は調和というより、光琳と抱一、雅と余情、元禄と文政という差異の象徴のような気がする。下絵の筆は伸びやかで画家の充実ぶりを思わせた。
 それは夏艸雨も同じであった。二曲一双の右隻にあたる下絵には、驟雨に打ち萎れる夏草と潦(にわたずみ)が描かれている。雷雨のあとのほっとして物悲しい情緒は秀逸で、雷神が空想の産物なら、地上の草花は現実である。しなだれる青薄に絡みついて生き延びた昼顔、その葉陰に白百合がうなだれ、過酷な恵みのときを振り返る中で、気丈にも岩菲(がんぴ)と女郎花が上を向きはじめている。上部の広い空白に流れる潦は薄藍でおとなしいが、本絵では鮮明に色づいて画面を引き締めるはずであった。
 あまりに新しく完成されているので、このさき抱一はこの絵を超えるものを描くであろうかと理野は思った。蒔絵の下絵にはない生命力と悲哀に満ちた絵は彼女の目を弄んで放さなかった。抱一が光琳に肉薄したかどうかは分からないが、明らかに百図の光琳画とは違う。これこそ彼の才能だろう。彼女はその感性に共鳴している自分に驚きながら、茫然と立ちつくした。複雑な画意が見えてくるほど肌が粟立ち、唇も震えて、何か言えば儚く壊れてしまいそうであった。




 私は元々江戸時代は守備範囲外なため、江戸時代が舞台の時代小説も殆ど読んだこともないのですが、この『麗しき花実』は少し読み始めただけで圧倒されました。私自身、酒井抱一は比較的その生涯や周辺についても詳しい資料が多く残っている人とあってそれなりに色々資料を読んだり調べたりしてきましたが、作中には現存する蒔絵や抱一作品のみならず、雨華庵や根岸の里の様子も実にきちんと正確に書きこまれているのです。これはさぞかし時間をかけて綿密な下調べをされたろうというのがよく判り、それでいて描写はさらりと自然で、プロの作家さんが書くとこうなるのか…と思わず唸りました。
 ただ惜しかったのは、巻頭の口絵にその抱一作品が紹介されていなかったことでした。他はともかく真打「夏秋草図屏風」と、作中で実は其一作だとされた(私もそう思ってますが。笑)「青楓朱楓図屏風」の2点くらいは、江戸琳派を知らない読者のためにも掲載してほしかったです。特に「夏秋草図」は上記の描写だけでも美しいですが、実物を知っているかどうかで受ける感動も絶対違いますよ!


 なお作中に、主人公が其一に連れられて「笹乃雪」という豆腐屋へ行く場面がありますが、この「笹乃雪」は今でも鴬谷駅前で営業しています。実は千尋も先日の抱一巡りの最後に久しぶりで行きまして、名物の餡かけ豆富(笹乃雪ではこの字を使います)もしっかりいただいてきました。懐石料理なのでちょっとお高いですが、雨華庵跡から巡回バス1本で行けるお手頃な場所でお勧めです。

 ・笹乃雪公式サイト

  笹乃雪・入口
  笹乃雪・入口。

  餡かけ豆富
  名物の餡かけ豆富。必ず二碗と決まっています(^^)


 さて最後に、ちょっとひとつ宣伝です。

 私が抱一にはまったのは今から10年以上昔になりますが、その頃ネット上には抱一に関するまとまった情報は殆どありませんでした。それで悔しくなった千尋、じゃあいっそ私が抱一のファンサイトを作ってやろう!と厚かましくも思い立ち、2002年頃にささやかなHPを立ち上げたのです。その後美術展で新しい作品に出会い、情報が増えるたびにぽつぽつと書き足し、ひっそりとながら長年運営しているうちに検索にもヒットするようになってきて、恐らく世界で唯一の酒井抱一サイトだろう(笑)というのが密かな自慢でした。
 ところが最近になって、サイトを置いていたプロバイダがサービスを終了したため、それに伴って引越しせざるを得なくなってしまいました。またちょうど抱一生誕250年という記念の年に当たったのもある意味裏目に出まして、今や「酒井抱一」や「江戸琳派」で検索をかけても、世界初?の我が抱一サイトは全然ヒットしません。ここにきてようやく抱一が脚光を浴びるようになったのに、今まで頑張って集めたデータが埋もれたままなのは何だか悔しいので、ちょうどいい折でもあるし改めて正式にここでお披露目しようと決意しました。
 というわけで、正確な開設日は既に本人も忘れましたが(笑)、↓こんなサイトです。


 ・銀色の夢 銀色の追憶 ~江戸琳派の画家、酒井抱一を追う~


 名前は見ての通り、酒井抱一研究第一人者でいらっしゃる玉蟲敏子先生の著作からヒントを得ております。入口の少々気取った言い回しが今となっては恥ずかしいですが、初めてサイトを作った頃の初々しい気合が篭った思い出深いものでもあり、敢えてそのまま残しました。
 一方肝心の内容は、何しろ素人ファンの追っかけサイトですので、研究といえるほど大層なものはありません。その代わりデータ収集には力を入れまして、特に作品一覧やリンク集については、今のところ抱一関連でこれだけのデータをまとめたものは多分他にはないだろうと自負しています。(琳派の画集シリーズは結構ありますが、酒井抱一一本に絞って拾い上げてくるのは結構大変でした) ただ今回の抱一展で初めて見たものや新しく存在を知ったものはまだ一覧に加えていませんが、千葉展の会期が終了後に一挙更新できればと思っていますので、もう少々お待ち下さい。

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