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再び十二単の謎

 2011/06/19(Sun)
 6月18日(土)、明治神宮文化館にて開催中の「十二単の世界 ―四季を飾る「かさね」の美―」(2011/4/29-7/3)へ行ってきました。


   十二単の世界



 お馴染み京都の風俗博物館さんでもこの手の展示はよく見に行きますが、やはりものがお着物ですから実物大で見るのが一番です。残念ながら情報を知ったの自体が遅かったので、多分既に展示替えを行った後だろうと思うのですが、それでも目も彩な衣裳の数々はいつもながら大変目の保養でした。


 ところで今回、展示された十二単の数々を見ていて、ふと引っかかったことがありました。
 展示スタイルは大きく分けて二通りで、唐衣・五つ衣・表着・裳をそれぞれ個別に分けて展示するタイプと、一式着用した形の展示とがあったのです。おかげで個別の展示の方は、普段見えない唐衣の仕立ての仕組みだとか、通常袖口や裾だけが覗く五つ衣の具合だとかがよく判るようになっていました。
 一方、一式着用型の方もこれまた実に華やかで、鮮やかなピンクや山吹や紅など、まさしく等身大お雛様の着物のようでそれは綺麗でした。特に唐衣や表着は多分二陪織物(ふたえのおりもの)というものでしょう、生地の地文の上に刺繍のような華やかな上の文様が一面に散らされた豪華なもので、見ているだけでも溜息がでるような美しさでしたが、最後の着物のところであれっと立ち止まりました。
 一見した感じは同じように普通の十二単なのですが、入口から見て左側の一番手前にあったその着物だけは、唐衣も表着も地文だけの何だかちょっと地味な着物だったのです。
 この点についてはキャプションにも特に説明はなく、解説してくれそうなスタッフさんもいなかったので判らなかったのですが、よくよく見ると他の十二単は五つ衣もしっかり立湧等の華やかな地文がある豪華なものなのに、その衣裳だけは五つ衣もまったくの無地で明らかに違っていたのです。ついでに裳も他のおめでたい桐竹鳳凰文に対して、やっぱりシンプルな流水とちょっとした植物や鳥を描いただけのものでした。
 そうした点を考え合わせると、あれは多分昔で言うなら女房クラスの人が着るような衣裳だったのかもしれません。何しろ教えてくれる人が誰もいなかったので、はっきり断定できるわけではないのですが、そういう細かいところの解説ももっとつけてほしかったなと思いました。


 さてもうひとつ、今回特に目を引いたもののひとつが、入口すぐの左脇にあった「帛装束」です。
 これは皇后陛下用の全身真っ白な十二単で、元は江戸時代の女帝が神事に着用したものに由来するそうです。確か以前三の丸尚蔵館でも、皇后陛下が大嘗祭でお召しになった(!)というのを見ましたが(ただしこちらは袴のみ淡い桜色でした)、これも一式着用スタイルだったので大変目立っていました。
 しかし何しろ目的が目的だけに、一口に白と言っても華やかな地文も何もない、まったくの真っ白白(というか、正確には多分生糸そのままの生成り色?)です。他の衣裳が花園さながらに色とりどりの華やかさを競っている中では、袴さえも真っ白というのは何だかちょっと地味というか淋しいような印象もありましたが、実は滅多に見られない神々しいお衣裳なわけで、まさかここでまた見られるとは思いませんでした。

 ところで以前もちらっと触れましたが、平安時代で白一色の女房装束が登場する場面と言えば、出産とその後のお祝いの時です。しかもこちらは神事ほど飾りけなしではなく、「紫式部日記」によれば銀糸で刺繍をしたり銀泥で裳に模様を描いたり、それどころか螺鈿(!)で飾りつけをしたりと、白い中にも色々工夫を凝らして華やかさを出していたようなんですね。


  明石女御出産
  2009年4月風俗博物館展示、明石女御出産の祝いの宴での紫の上。
  フラッシュのおかげで衣裳の織文様がよく判る1枚。
  (手前に並ぶ祝いの食膳も、すべて銀器なのに注目!)


 で、後でそんな話を友人としたところ、「それって(滅多に使わないだろうから)使い捨てだったの?」と言われたのです。それまでまったく考えたことがなかったのですが、指摘を受けて私もはたと考え込みました。

 とりあえずぱっと思いつく限りでは、私も「源氏」「紫日記」「栄花物語」に登場する以外は殆ど知りません。ただお馴染み近藤富枝先生は、以前あの頃の喪服について「普段の衣裳を黒く染めて使ったのではないか」という指摘をしていらっしゃいました。その理屈で行くなら、出産祝いの白い衣裳の場合も、その後生地を染め直して普通の衣裳として使うということもやったのではないでしょうか?
 上で触れたような二陪織物ならともかく、地文だけの生地なら衣裳を一度解いてから染め直せばいいわけですし、いつ出番があるか判らないような白装束をそうそう準備していたとも思えません。(もっとも喪服と違って、出産は早くから準備する余裕はあるわけですけれど) それを使い捨てだなんてそんな、今でもオールシルクの服なんていいものは高価なのだし、まして平安時代はごくごく一部の限られた上流階級の人々だけが身に着けることのできた贅沢品ですから、衣裳は無理だとしても何らかの形でリサイクル(笑)はしただろうと思うのですよ。

 ※ちょっと追記:
  喪服の場合は、服喪の期間が明けるとお祓いをして、切って川に捨てた(!)そうです。
  ということは、まさしく使い捨てだったわけですね。
  (しかもこれは衣裳だけでなく、小物や調度に至るまで一式全部だそうです。大変そう…)


 で、そんなことを考えていたら、またもうひとつ気になったことがありました。
「紫日記」は出産祝いの折の女房たちの衣裳について、かなり詳しく描写しているのですが、その中で「釵子(さいし)さして」という一節があります。釵子というのは正装の時に結い上げた前髪につける髪飾りのことで、今でもお雛様がおすべらかしの頭につけている、小さな冠のような金色のあれです。もちろん平安時代でも普通は当然金の釵子を使うのですが、この場合はどうだったんだろう?とまた考え込みました。
 というのも、話戻って例の皇后陛下の白装束を見た時、釵子の類もやっぱり銀だったのです。(!)
 これは初めて見た時とても驚いたのでよく憶えていますが、「紫日記」ではあいにく釵子まで銀製だったかどうかまでは触れていなくて判らないのです。ただ髪をまとめる「元結」が白だとは述べているので、それなら釵子も銀に揃えていてもおかしくなさそうですが、これはそれこそリサイクルできるものではないでしょうねえ。(もっとも衣裳と違って嵩張らないけれど、銀だから時間が経てば黒変して結局駄目になりそう…)


 それにしても、いくら頑張って刺繍だとか銀箔の摺りだとかで飾りつけをしても、紫式部くらいの中級・下級の女房さんたちでは身分柄やはり限界があったと述べられています。逆に言うなら、身分高い人はもっと思い切った贅沢もできたわけで、二陪織物も白地に白の模様では判らないから華やかに銀糸の織なんかをしたのかなあと想像して、そこでふと思い出したものがありました。


   栄花物語1

   栄花物語2


 上の写真は、2009年5月に東京国立博物館で展示されていた、土佐光祐作「栄花物語図屏風」の一部です。しかもこれがまさしく、紫式部が日記に描いた中宮彰子の出産祝いだったのでした。
 一枚目の女性は、茵に座って半ば姿を隠していることや寛いだ袿姿から、中宮彰子本人だろうと思われます。彼女を始め、周りの女房達(それも高貴な上臈)も皆、見ての通り白地に華やかな銀の文様の衣裳を纏っているのですね。
 あいにくこの屏風絵は300年の間に銀が焼けてやや黒ずんでしまっていますが、描かれた当初は眩しい白銀の輝きがさぞかし平安時代の王朝絵巻そのままの美しさだったでしょう。釵子をつけている女房がいないのが残念ですが、土佐光祐もやはり同じような想像をしながら描いたのかなと、ちょっと楽しくなりました。


   栄花物語3
   若宮(後の後一条天皇)を抱く祖父道長(多分)。
   隣では女房が、父一条天皇から贈られた御佩刀(みはかし)を捧げ持つ。

 「宮は、殿抱きたてまつりたまひて、御佩刀、小少将の君、虎の頭、宮の内侍とりて御先に参る。(中略)
  少将の君は、秋の草むら、蝶、鳥などを、白銀して作り輝かしたり」
  (「紫式部日記」より抜粋)


 最後になりましたが、冒頭の説明文の中で「昔は現代のように室内は明るくはなかったけれど、そんな中だから鮮やかな色彩の衣裳が好まれた」というような一文がありました。確かに、今のような節電モードであっても「電気の明かり」がある生活とは異なり、平安時代の寝殿造は昼でも御簾やら几帳やらに取り囲まれて薄暗かったでしょう。伊藤若冲の絵もそうでしたが、そんな弱い自然光や夜の蝋燭の明かりの元だからこそ、あれほど色とりどりの衣裳が発達し愛されたのでしょうね。


 関連過去ログ:続・衣裳から見る源氏物語の世界

 参考リンク:源氏物語の世界(紫式部日記本文・現代語訳あり)

 参考書籍:
  
きもので読む源氏物語きもので読む源氏物語
(2010/05/15)
近藤 富枝

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