さくらさくら

 2008/04/26(Sat)
どうも、ここしばらく多忙でコメント確認する暇もありませんでした。今月始めにコメントいただきましたこまりさん、ありがとうございました&すっかり遅くなってしまって申し訳ありません~~。

さて、どうやら忙しいのも一段落ついて、明日は久々に美術展にお出かけの予定ですが、本日はちょっと違った話題です。

関東はあらかた桜も散ってしまいましたが、桜の歌といえばやはり全世代御馴染みの「さくらさくら」が筆頭ですよね。この歌詞が二通りあることも有名で、私が学校で習った歌は口語体ですが、最近両方歌ってみてふと「あれ?」と思ったのです。引っかかったのは↓この箇所でした。

文語体 「かすみか雲か 匂いぞ出ずる」
口語体 「かすみか雲か 朝日ににおう」

古語で「匂う」と言うと、必ずしも今でいう「香り」のことだけではなく「美しさが内側からあふれるよう」な場合の表現でもありますが、文語体の歌詞はどちらかというと香りの方のように聞こえるのですよね。まあ、匂うような美しさがあふれてくる、と取れなくもないですが、何しろものが花ですから「出ずる」とまで言われると、香りかなという印象が強い気がします。
とはいえ、そもそも昔から桜は梅と違って香りはあまりしない花ということになってたはずで、それがどうして「匂いぞ出ずる」なんだろうかと、つまりはそれが疑問なのです。私もそんなに古典に強いわけではないので、念のため源氏物語の全文を掲載しているサイト様で検索かけてみたのですが、「匂ひ」が「出ず」という表現はやっぱり見当たらないのですよね。香りを指す名詞としての「匂ひ」はたくさんあるけれど、「匂ふ」という動詞は殆どが「美しさが滲み出るようなさまである」らしいです。(もっとも江戸時代まで下ると、また違うかもしれませんが)

参考リンク:源氏物語の世界
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/

で、一方の口語体ですが、これで連想するのが有名な本居宣長の和歌「敷島の大和心を人とはば朝日ににおう山桜花」です。むしろこちらの方が古語としての「匂う」にぴったりくるもので、どうして文語体の方がこれでないのか、また口語体に変えた人は何故今ではあまりなじみのない形容表現である「匂う」を敢えて取ったのか、大変気になったのですが、ネットでちょっと検索しみたのですが全然判りませんでした。こういう場合、図書館で調べようにもどう調べたらいいのか判らなくて難問です。うーむ。

ところで、桜と言えば琳派では(とりわけ光琳以前は)あまり取り上げられることの多くない花ですが、抱一はどうやら好きだったらしく、「十二ヶ月花鳥図」などで綺麗で上品なな桜の絵をたくさん描いていますね。ちなみに私が特に好きなのは、MOA所蔵の「雪月花」と細見美術館所蔵の「桜に小禽図」(亀田綾瀬賛)で、花と一緒に赤い葉も描かれているところから日本古来のヤマザクラと判りますが、まさしくあの匂うような清雅な美しさはいつ見ても惚れ惚れします。

で、ここでちょっと、この前熱海で見つけた意外なものをご紹介。

atami2.jpg


泊まったホテルのロビーにかかっていた七宝焼きのパネルなのですが、もちろん元絵は以前来日したこともあるバークコレクションの抱一作「桜図屏風」です。いやあ、あの時はさすがに不意を突かれてびっくりしました。(笑)
で、ついでにもうひとつおまけ、海岸の公園で撮ったアタミザクラです。最近すっかり有名になった河津桜と同じ頃に咲く早咲きの品種で、やっぱり少し濃い目のピンクが綺麗でした。

atami.jpg
スポンサーサイト
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://ctobisima.blog101.fc2.com/tb.php/30-0ceb9afa
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫