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闇はあやなし梅の花

 2011/03/07(Mon)
 3月6日(日)、またまた出光美術館へ「琳派芸術」(2011.1.8-3.21)を見に行ってきました。
 「琳派芸術」観覧はこれで4回目、うち後期展示を見るのは2回目で、今回は頑張って開館15分前に到着。既に10人ほどの列が出来ていましたが、千尋は会場に入るや否や第一室はすっ飛ばし、例によって一目散に「紅白梅図」へ突進です。おかげで今度もゆっくり無人の展示室で一人占めを堪能、その後もしばらくはあまり混まなかったので、結局30分ほど屏風の前を行きつ戻りつして過ごしました。

 ところで、前回は殆ど無人だったこともあって屏風から少し距離を置いて眺めていたのですが、今回は単眼鏡で近くからじっくり絵の細部を観察しているうち、今まで気がつかなかった部分に目が行きました。
 この酒井抱一作「紅白梅図屏風」の銀地は前にも述べたとおり、黒変の殆どない非常に良好な保存状態で、特に右隻の紅梅の銀地の美しさはまったく惚れ惚れするほどです。一方、左隻の白梅の銀地も全体はおおむね綺麗ですが、よく見るとところどころに何枚かの箔がちょっと周囲に比べて変色したような感じの部分がありまして、前回見た時も少し気になっていました。
 で、今回まじまじとそういうやや黒っぽい箔の周辺を見ているうち、ふと白梅の枝の一つ(左から二扇目の下の枝)が途中で妙にぷつりと途切れているのに目が止まりました。抱一の描く枝の構図は光琳とはまた違った独特の技巧を凝らしていて面白いのですが、それにしても他の枝は皆綺麗に細く伸びているのに、それだけ何だか妙な切り方です。それで何の気なしに単眼鏡を向けたのですが、じっくり見ているうちに不意にその先に微かに続きの枝のような痕跡があるのに気付いて驚きました。
 これにはさすがにびっくり、何度もよくよく見直したのですが、やはりそこには微かに消えた枝先らしき跡が見てとれました。歳月を経るうちに絵の具が剥落してしまったのか、あるいは一度描いたものを故意に消したのかはわかりませんが、そこには枝だけでなく白梅の花もあったようです。さらに他の部分も改めて見直してみると、画面左下、抱一の落款のやや右のあたりに、何だか筆で掠ったような細い跡があり、これもどうやら画面の下から伸びる二本の枝だったらしいのですよ。
 今までこの屏風はかなり何度も見てきたものの、こんな枝の跡があったことには今まで全然気付かなくて、本当に驚きました。もしこれらの枝が消えることなく画面に残っていたら、全体の印象もやや違ったはずです。特に白梅の根元から生える二本の枝は、右隻の紅梅とちょうど線対称のように見えたろうと思いますが、あるいは抱一自身がそれでは却って面白くないと後で消してしまったのでしょうか。(確かにこの屏風は微妙なアシンメトリーのバランスも魅力ではありますが)

 それにしても、今までこの点について指摘した本や論文にお目にかかった憶えがなかったこともあって、私としてはちょっと衝撃の発見?です。帰宅後慌てて手持ちの資料をひっくり返してみたものの、少なくとも我が家の本や図録等にもそういう解説は見当たらず、さらに調べてみて、やっと山根有三先生の論文にひとつ「紅白梅図」を取り上げたものがあることが判りました。
 同じ銀屏風でも「夏秋草図」は何しろ尾形光琳の「風神雷神図」の裏屏風でもあるだけに大人気ですが、こちらの「紅白梅図」はそれに比べてかなり影が薄いようで、私としてはこの絵もとても好きなだけにちょっと残念です。「紅白梅図」も裏屏風であったらしいことは判っているのだから、せめてどんな屏風の裏絵だったかもはっきりしていれば、もっと注目度も高かったでしょうね。
 ともあれ、山根先生の論文は著作集に収録されているらしいので、近々図書館へ探しに行ってきます。


  
酒井抱一(別冊太陽)酒井抱一
(別冊太陽 日本のこころ)

(2010/12/17)
仲町 啓子

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  珍しく「紅白梅図屏風」が表紙の別冊太陽。

 関連ログ:
  ・再び銀屏風
  ・御神渡りツアーと抱一


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