続・意外な二人の意外な関係

 2010/07/16(Fri)
 先週の「美の巨人たち」(夏秋草図屏風)放送の後、改めて酒井抱一の生涯の足跡を辿り直していたところ、またまたちょっと意外な情報に遭遇しました。

 玉蟲さんの『もっと知りたい酒井抱一』によると、抱一は幼少時から30歳近くまで、例の酒井家上屋敷(皇居大手門のすぐ脇。現・平将門公首塚に屋敷跡案内板あり)で成長したそうです。その後、お家の跡継ぎ騒動やら何やらでごたごたする中、33歳まで箱崎の酒井家中屋敷で過ごしていた、とのことでした。
 で、上屋敷跡は行ったことがあるから知っているけど、箱崎の中屋敷はどの辺なのか今ひとつよく判りません。さてネットで調べられるか、と色々検索をかけているうち、たまたま見かけたブログのひとつを読んでいて驚きました。
 結論から先に言ってしまいますと、酒井家中屋敷跡は現在の区立日本橋小学校一帯に相当、江戸初期から幕末までずっとそこにあったとのことです。しかし何と明治維新以降、その一部は明治4年~6年頃に西郷隆盛の屋敷となっていたそうで、将門の次は西郷さん!?とまたまたびっくり。…どうもこう、抱一さんのイメージとはおよそかけ離れた感じの人たちと縁があるようで、ちょっと変な感じですね。

 ともあれ、抱一ゆかりの場所巡りは友人もぜひやりたいと言ってくれているので、既に訪問済の雨華庵跡(下谷根岸)を始め、築地本願寺浅草寺なども含めて一度じっくり試みてみたいと目下計画中です。まだ調べ終わっていないこともありなかなか実行できていませんが、実現に漕ぎつけたらまたGoogleMapでも作ろうかしら?(笑)


関連過去ログ:
 ・もっと知りたい抱一さん(雨華庵跡写真あり)
 ・意外な二人の意外な関係(将門編・首塚内写真あり)

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