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哀しいほど美しい

 2010/07/11(Sun)
 土曜日の「美の巨人たち」を見たら何だかたまらなくなって(苦笑)、またまた東京国立博物館へ酒井抱一の「夏秋草図屏風」を見に行ってきました。

  夏秋草図7

 ところで前回、ちょうど1週間前に見に行った時は、右隻の端の方が展示スペースのガラスの境目に引っ掛かってました。黒縁に邪魔されるほどは目立たないものの、右隣にあるのは宗達と光琳の掛け軸なんだからちょっとずらせばいいのに、と内心ぶうぶう言っていたのです。
 ところが今回行ってみたら、いつの間にか夏秋草図は場所がちょっと右に移動して、休憩用のソファの真ん前に変わってました。(笑)
 おお、これはゆったり見られていいわと大喜び、早速真ん前に陣取って、閉館間際まで1時間弱程の間心おきなく堪能してきました。他に誰か同じ苦情を言った人がいたのか、それともあるいはTV放送の効果でしょうか、こんないい環境であの屏風を見られた覚えは過去にもあまりないので大満足です。(ただし今度は後ろの非常口ランプがガラスに映ってしまっていたので、ソファの真ん中に目隠しを置きました。笑) 多分最初の展示は宗達・光琳・抱一と時代順を優先して並べていたのでしょうけれど、せっかく今はこれが目玉ですよと大々的に?宣伝しているのだから、こういう時はそんなもの無視しちゃっていいんですよ!

 ともあれ、この「屏風の展示がガラスの境目に引っ掛かる」という点は、実は他の特別展などでもしばしば悔しい思いをさせられていますが、それが自分の好きな作品だったりするとますます悔しくなるものです。もちろんスペースに限りがあるのはこちらも判っていますし、些細なことかもしれませんが、それでもせっかく本物に接するからには少しでもいい環境で見られるように配慮してもらえると、足を運んだ方も嬉しいですよね。

 さて話戻って夏秋草図ですが、そういえばこの絵について澁澤龍彦が絶賛している名文があったのを思い出しましたので、以前もちらっと触れましたがこの機会に再びご紹介。


「マニエリスト抱一 : 空前の植物画家」

 とくに「夏秋草図」は抱一作品のなかでも絶品というべきで、日本の四季の草花がこんなに美しいものか、こんなに悲しいほど美しく透明であってよいものか、といった理不尽な思いに私たちを誘いこむばかりの魅惑にみちている。(中略)
 まず銀箔の地であるが、これがいかにも宗達や光琳の好んだ豪奢な金箔と対をなしているようで、いわば琳派の夕暮、琳派の秋、あるいは琳派のマニエリスムという感じをいだかせるに十分であろう。むろん、抱一にも紙本金地の作がないわけではないが、蒼白な銀地は抱一芸術にふさわしいといえるだろう。その銀地の上に、緑青と群青の寒色系統をちりばめ、赤と白でアクセントをつけた布置の巧はすばらしく、心にくいばかりの洗練である。江戸的な洗練、粋といってもよいかもしれぬ。
 左隻は夏で右隻は秋である。
 夏の夕立が一過して、しっとりと濡れた左隻の草花には薄、昼顔、百合、女郎花などが数えられる。右上に光琳波をくずしたような群青の流水を配している。昼顔のほのかな紅が見る者の心を打つ。一方、右隻には野分が吹き荒れているらしく、葛が葉裏を見せてひるがえり、薄の穂がなびき、紅葉した蔦が風に吹きとばされて舞っている。下のほうに見える薄紫の花は藤袴だろうか。
 日本の自然に特有の、冷え冷えとした幽寂の気のごときものが画面全体を覆いつくし、画面全体からにじみ出てくるような印象で、艶なるふぜいの中にも無限のさびしさがある。ああ、日本の自然とはこういうものだったのか、と私は目をひらかされるような思いをする。

『澁澤龍彦空想美術館』より(平凡社、1993)




 この「日本の四季の草花がこんなに美しいものか、こんなに悲しいほど美しく透明であってよいものか」という溜息混じりの嘆声のような言葉、これほどの賛辞をこの絵に捧げた人はちょっと他にはいないのではないでしょうか。研究者でも抱一さんにめろめろに惚れ込んでいらっしゃる方はちらほら見かけますが、さすがに小説家、それもあの澁澤龍彦だけあるというか、絵そのものももちろんですがこの文章にもまた惚れ惚れさせられます。何というか、この気障なストレートさは澁澤龍彦だからこそ許されるというか、まさにその通りなんだけれどちょっと普通の人には恥ずかしくてなかなか言えないですよね。(苦笑)

 とはいえ、ぱっと見て普通に美しい絵や素晴らしいと感動する絵ならいくらでもありますが、この「夏秋草図」にはどこか「泣きたくなるほど綺麗」と思わせるものがあるといつも感じます。これだけは宗達の「風神雷神図」や光琳の「紅白梅図」には決して感じないもので、凄いとか圧倒されるとかいうのではなく、何か知らないけれども不思議と心打たれる、そういうところがこの絵の魅力なんでしょう。

 ところでそういえば「美の巨人たち」では抱一ゆかりのかつての江戸の様々な場所を巡り歩いていましたが、例の酒井家上屋敷跡が出てきたのには思わず吹き出しました。番組中では触れませんでしたが、以前「意外な二人の意外な関係」でも書いたように、あれが将門公首塚の場所だなんてちょっとびっくりしますよね。(笑)


P.S
 もうひとつうっかり見逃していましたが、この秋の細見美術館の琳派展XIIIは「お江戸の琳派と狩野派」(2010.10.2-2011.1.16)で、何と板橋区立美術館との共同企画だそうです。多分これは細見の琳派展でも初めての試みではないかと思うのですが、お江戸で板橋とくればもちろん抱一さんも出てくるでしょうから、今年もお見逃しなく!

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