ヴェネツィア女性のおしゃれ

 2008/03/13(Thu)
 前回ちらっと述べた塩野七生氏の「海の都の物語」、図書館で再確認してきました。塩野さんのお話は大好きで殆ど読破していますが、自宅に置き場がなくて文庫版しか持っていないのです…ははは。(「海の都…」も昔出ていたらしいけど、既に絶版なのでした)
ともあれ、そんなわけで今回は本文から、問題の部分をちょっと引用させていただきます。

 十五世紀は、髪を長くとき流し、リボンや網でまとめるのが支配的であった。それが十六世紀に入ると、髪を頭部高く結いあげるのが流行ってくる。髪飾りも宝石を散らしたりして、ますます豪華になる。種々の色の絹地でつくった変形のターバンも使われた。髪の色はブロンドが憧れの色で、頭部をくり 抜いた幅広の帽子から髪だけ外に出し、テラスに座ってそれを我慢強く陽にさらしてブロンドに近い色にする、男には絶対に理解不能な努力まで惜しまなかったのである。こうしてできた赤味をおびた金色は、「ヴェネツィア金髪」と呼ばれ、自然な金髪に不自由しないドイツの男たちまで賛美したというから、これまた理解不能な話である。だが、これも、自然の金髪が金属的で冷たい感じを与えるのに反して、「ヴェネツィア金髪」は、やわらかく官能的な感じを与えたためかもしれない。
(「海の都の物語」第七話・ヴェネツィアの女より)

 …何と言うか、一応は女の私にもこの努力ははっきりいって理解不能ですが(笑)、あの魅惑的なヴィーナス(のモデル)もこんな努力に日夜励んでいたとすると、愉快な話ですよね。ちなみにターバン云々という話でちょっと↓こちらも思い出したので、ついでに載せておきます。

  raphae1.jpg
  (ラファエロ「ラ・フォルナリーナ」)

 さらにその後、こんなくだりもありました。

 ヴェネツィアの娼婦は、同性愛防止のための対策として、乳房を丸出しにした姿で娼家の窓辺に立つことを、当局から許されていた。それは当然男たちの眼を引くから、貴族の夫人方までこぞってまねたのである。ヴェネツィアの女は、ティツィアーノやパオロ・ヴェロネーゼやティントレットの絵に見られるように、背は高いほうではないが肉づきは豊かで、ぽってりした官能的な体つきをしていたから、胸を広く開けた服は似合ったにちがいない。乳房を押しあげるためにコルセットを発明したのも、彼女たちであった。

 同性愛防止のためというのもよく判りませんが、今の感覚でもさすがに大胆というかあられもない話で、ここまでくるといっそあっぱれかもしれません。しかしこれで初めて知ったのですが、コルセットって腰を細くするのではなくて胸を高く見せるのが目的だったのですね。(笑)
 というわけで、当時の女性は本当に↓こんな感じだったのかな、という一枚。

  titian-flora.jpg
  (ティツィアーノ「フローラ」)
 ※参考リンク:サルヴァスタイル美術館フローラ解説

 ともあれ、これ以外にも有名なサン・マルコの獅子の由来に始まり、十字軍や個性派揃いの歴代元首(ドージェ)に実録ヴェニスの商人(笑)等々、色々興味深いエピソードが盛りだくさんで、ヴェネツィア初心者にも読みやすく楽しい歴史小説(?)です。ご存知ない方はぜひ一度、騙されたと思って読んでみて下さい。

 ところで最後にもうひとつ、これは宝飾品についての文章から、ちょっと意外なお話を。

 宝石は、首飾りや指輪として使われただけではない。飾り帯にも使われたし、厚地の服地に縫い込む使い方も流行っていた。イヤリングだけは、だいぶ後になってから流行しはじめたようである。サヌードの『日誌』の中の一五二五年十二月六日の箇所に、こんな記述がある。
「嘆かわしいことだ。黒人の習慣そのままに、金の小さな輪から大粒の真珠がさがったものを、耳からぶらさげている。そんなものをつけているのは、わたしの親族でも彼女一人だけで、わたしは大変に恥ずかしい想いをさせられた」

 もちろん、この後この耳飾りは爆発的流行となったそうですが、やっぱり↓こんな感じだったのでしょうか?(笑)

  earring.jpg
  (フェルメール「真珠の耳飾りの少女」)

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