みささぎ巡り 神さまの陵

 2009/11/30(Mon)
 大分話は遡りますが、7月の皆既日食ツアーの際、日食前日の7/21に鹿児島空港の近くを軽く観光しました。運よくレンタカーを借りられたので、では霧島神宮へ行ってみようかと車を走らせている途中、ふと道路案内の一つに目がとまったのです。

  「高屋山上陵まで××km」

「高屋山上陵って何だろうね?」「陵ってついてるから、皇族関係のお墓じゃないの?」等と一同首を傾げ、それではと携帯でネット検索をしてみてびっくり。何と、問題の「高屋山上陵」の主は火遠理命、つまり海幸山幸の物語で有名な山幸彦で、神武天皇のお祖父さんだったのです。「え~、そんな神話の中の人?のお墓なんてあり~!?」と言いながらも、それは面白そうだというわけで、雨の中急遽陵へ向かうことになったのでした。

 そんなわけで、事前の予習も全くなく、従ってどんな御陵なのかもよく知らないままにいきなり現地を訪れたのですが、まず入り口でまたまたびっくり。

  高屋山上陵1
  (高屋山上陵入り口。左手に大きな石碑と案内板あり)


 この急勾配の階段、何しろ百段近くありまして、いやもう登るだけでも大変だったのなんの。一同ぜえはあ言いながら何とか登り切り、さらにその先をしばらく進むと、お馴染みの看板と鳥居型の門のある遙拝所が見えてきました。

  高屋山上陵2
  (高屋山上陵遙拝所。ちょうど雨が止んで、いい雰囲気でした)


 山上陵という名前だけあって凄いところにあるものですが、すぐ側の小さな事務所にいた管理人の男性にお話を聞いてみると、何とこの遙拝所のさらにずっと上に問題の陵があるのだそうです。詐欺だー!と内心思いつつ(笑)、管理人さんからさらに色々詳しいお話を伺い、自作だという丁寧な説明書までいただいてしまいました。

 で、旅行から戻った後で改めて調べてみたところ、瓊瓊杵尊の可愛山陵、この火遠理命の高屋山上陵、そして鵜草葺不合命の吾平山上陵の三つを合わせて「神代三陵」と呼ぶのだそうです。神武天皇の曽祖父・祖父・父の三代にわたることからそう呼ばれているのは判るのですが、歴史上の人物くらいならともかく神さまの陵まで大真面目に認定して今もそのままでいるなんて、現代の話とは思えないですよね。
 ともあれ、天孫降臨神話で有名な九州ならではの思いがけないこの出会いがある意味きっかけとなって、2009年後半はやたらと古墳巡りで駆け回る羽目になりました。まあ元々それなりに興味のあった分野ですし、奈良の主な大型古墳は一通り制覇したものの、大阪は昔大仙古墳(仁徳天皇陵)を一度訪問したきりなので、今度は他の古墳や博物館も見に行くぞー!

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