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みささぎ巡り 青垣たたなづく山の辺の道編 4

 2009/11/06(Fri)
 みささぎ巡りの道のりもそろそろ日没が近づき始め、渋谷向山古墳(景行天皇陵)から少し行ったところで、再び山の辺の道へ向かいました。特に道を選んだつもりはなかったのですが、上り坂を少し進んだところで突然、垂仁天皇の宮殿跡に遭遇。垂仁天皇陵は現在もっと北の西大寺近くにあるので、こんなところにあるとは予想外でした。

  垂仁天皇纏向珠城宮跡
  (最初はそのまま通り過ぎかけ、慌てて戻って撮影。笑)

 さらにもう少し行ったところで、今度はガイドブックに載っていない古墳に遭遇。先急ぐんだけどなと思いつつも階段があったので昇ってみると、頂上の案内板には「珠城古墳群」とありました。これもれっきとした国指定史跡のひとつであるとのことで、二つの古墳が殆どくっついたような状態になっており、しかも立派な横穴石室まであったのにまたまたびっくり。そして頂上から北を臨むと、たった今見てきたばかりの景行天皇陵がよく見えました。

  珠城古墳群1
  (古墳遠景。階段部分は、ちょうど二つの古墳の後円部が向き合ったところ)

  珠城古墳群2
  (階段上にあった案内板)

 さて急がねば、と再び道に戻り、えっちらおっちら上り坂を自転車で進んでいきましたが、これが予想以上に大変でした。かなり昇ってようやく山の辺の道に辿りつき、やれやれと思いながら南を目指していくと、今度は突然とんでもない下り坂に遭遇。その向こうには既に箸墓と思しきこんもりとした山が見えましたが、おっかなびっくり坂を下り終わると途端にまた上り坂で、さすがにこの辺りからは疲れも出てきて、時折自転車を降りざるを得ず、もうよろよろです。天理駅前のレンタサイクル屋さんで道を教わった際に「桧原神社までは、さすがに大変で皆なかなか行かないけどねえ」と言われましたが、なるほどこれは確かに大変だわとちょっぴり後悔しつつ、ここまで来たらもう意地です。(笑)

  坂から見た箸墓?
  (坂から見えた箸墓?らしき山)

  山の辺の道
  (道端の竹林と祠。何とものどかでした)

 その後も上り下りをくり返し、ようやく桧原神社へのちょっと奥まった砂利道に辿りついた時には、暮れ始めたとはいえ暖かい日和もあってすっかり汗だくです。幸い道は山の木陰で涼しかったので、砂利を気にしつつ自転車でゆっくり走っていくと、すぐ右手に目を見張るような素晴らしい眺めが開けてきました。

  大和の青垣

 うわあ、まさしく「たたなづく青垣山籠れる…」の歌の通りだわ、と感激していたら、その先にはやっぱり皆さん同じ事を考えるらしく、その名も「大和の青垣」という案内板。(笑) 付近は「大和青垣国定公園」に指定されているそうで、すがすがしい眺めに少し元気になって進んでいくと、ほどなく桧原神社の裏手に無事出ることができました。

  桧原神社1
  (神社境内。大神神社と同じ、特徴のある三つ鳥居が印象的)

  桧原神社3
  (これも大神神社同様、通常の鳥居ではなくこんな注連縄です)

 桧原神社は初代斎宮・豊鍬入姫が天照大神を祀った「元伊勢」笠縫邑の候補地とされ、後に神宮が置かれた伊勢は三輪山の真東に位置するなど、古来ミステリアスな説も多い一種独特の魅力あるお社です。すぐ側にはお休み処もあって、シャーベットをいただきながら一休みしていると、夕日を浴びた姿が実に綺麗でした。

  桧原神社2
  (逆光の夕日。今回一番心に残った光景)

 ともあれ、ここから先は今度こそもう山の辺の道は行けないし、最後に少し北へ纏向一帯を軽く回った後(この辺も古墳は多いのですが、もういい加減時間もなかったので省略)、久しぶりの箸墓古墳へ向かいました。というわけであと少しなのですが、全部書くと少々長くなりそうなので、次回その5で完結です。

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