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みささぎ巡り 青垣たたなづく山の辺の道編 3

 2009/11/05(Thu)
 さて、山の辺の道編第三弾です。
 西殿塚古墳から下ってきた後、さらに自転車でくねくね曲がる道を走っていくと、また何やらこんもりした古墳に遭遇しました。これもちゃんと案内板があって、中山大塚古墳というそうです。

  中山大塚古墳1
  (山の辺の道からの遠景。ちょっとこぢんまりした感じです)

  中山大塚古墳2
  (道のすぐそばにあった案内板)

 ここは近くの大和神社のお旅所が作られたり、戦国時代にはお城にされたりしたため、本来の古墳が削られて小さくなっていますが、元は全長132mのこれまた立派な前方後円墳です。竪穴式の石室から鏡や鉄器などの副葬品も見つかっており、古墳としてもかなり古いものらしいのですが、先を急いでいたので中まで入ってみる余裕はありませんでした。

 さて、ここから先はちょっと自転車では大変な道のりなので、一度山の辺の道から逸れて近くの国道へ出てさらに南下です。少し行くと、黒塚古墳と崇神天皇陵への案内があったので、まず西の黒塚古墳へ向かいました。
  ここは33面の三角縁神獣鏡が出土したことで有名な古墳で、古墳自体もなかなかよく残っており、周辺は公園として綺麗に整備されています。すぐ側には天理市立の立派な展示館まであって、発掘された竪穴石室がそっくり復元されていたのには驚きました。

  黒塚古墳1
  (濠の向こうの小高い山が古墳。頂上部も整備されて昇れます)

  黒塚古墳2
  (展示館の石室復元。鏡の多さと赤い色が目を引きました)

 ところで展示館には説明役のボランティアさんがいて、色々お話をしてくれたのですが、この黒塚古墳は地震で石室が崩れたために盗掘を免れていたそうです。怪我の功名というか、そんなこともあるんだなあとこれまたちょっとびっくりでした。

 さてお次は再び国道へ戻ると、もう殆ど正面と言っていい場所にどーんと聳え立つのが行燈山古墳、通称祟神天皇陵です。国道から少し奥なので判りにくいですが、参道はやっぱり綺麗に整備されていました。

  祟神天皇陵1
  (近くで見ると、これだけでも見上げるような高さです)

 全長242m、高さ23mの堂々たる前方後円墳で、今回の道のりでこれが初めての(一応)天皇陵ですが、まず驚くのがこのお濠を囲む盛り土の高さ。何でこんなに高いの!?と呆気にとられましたが、後で読んだ本によると、これは当時からそうだったわけではなく、後世にお濠が灌漑用水として使われたためにたくさん水を溜められるようにしたためなんだとか。元々現在のように立ち入り禁止になる前は、天皇陵は地域密着?の里山として地元の人々に利用されていた例も多いそうですが、埋葬されたご本人には予想外のことだったでしょうねえ。(笑)

  崇神天皇陵2
  (そのお濠では、鴨がのどかにお昼寝中?)

 ところで大王クラスの大きな古墳ともなると、まるでお伴のように小さな古墳が周辺に点在している例がよくあります。これを陪塚(ばいちょう)と呼び、以前訪れた仁徳天皇陵にもたくさんの陪塚がありましたが、この行燈山古墳も遙拝所のちょうど両脇に二つの小さな(と言ってもそれなりに大きいのですが)前方後円墳を従えていました。さらに山の方(つまり後円部)にももうひとつ、双方中円墳という珍しい形の櫛山古墳があったのですが、今回そちらまでは回る余裕がなかったのがちょっと残念…

 ともあれさくさく行こうというわけで、再び自転車に乗って南を目指そうとしたところ、ここでふと道路の向こう(つまり西側)に何やらいい感じの神社の鳥居があるのが目につきました。

  伊射奈岐神社1

 伊射奈岐神社とはまた珍しいと思い、参道を入って行ってみると、これまた社殿もこぢんまりとしていてなかなかいい感じです。これも何かの御縁、どうぞ道中つつがないようにとお祈りさせていただいたのですが、何と実はここも境内に「大和天神山古墳」という古墳があったことを旅の後で知りました。しかし判りにくい場所にあったのか、全然気がつかなかったのがちょっと悔しかった…

  伊射奈岐神社2
  (伊射奈岐神社本殿。ちょうど西日が正面から当たって、屋根の金色が綺麗でした)

 さてさて時間もないので再び国道を急いで南下、しばらく行くと今度は道のすぐ側に大きな緑の塊が見えてきて、それが渋谷向山古墳(景行天皇陵)でした。

  景行天皇陵1
  (古墳遠景)

 全長310mという規模はこの一帯でも最大級なのはもちろん、日本全国の古墳の中でも第7位だそうです。形も例によって地上では判りませんが立派な前方後円墳で、この頃はこれが流行りだったのでしょうか、大型古墳は皆前方後円墳なんですね。

景行天皇陵2
  (遙拝所も道路からすぐ。あんまり近すぎて却ってびっくり)

景行天皇陵3
  (ここもお濠に満々と水を湛えていました)

 以上、これにて山の辺の道の御陵は一通り制覇、残す大型古墳は箸墓だけという所まで辿りつきました。とはいえその前に桧原神社へも行きたいぞと思っていたので、先を急いで再び山の辺の道を目指したのですが、ここから先が実は一番大変だとはまさか予想もしていませんでした…

 というわけで、山の辺の道最大の難所編?は、以下次号。

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