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みささぎ巡り 青垣たたなづく山の辺の道編 1

 2009/11/03(Tue)
 またまた話が前後しますが、10/31(土)は奈良県桜井市・天理市周辺で古墳巡りをしてきました。
 前回さきたま古墳群行きの時にちらっと触れましたが、三輪山山麓のいわゆる「山の辺の道」のあたりは4世紀頃の古墳が多く、卑弥呼の墓ではないかと言われて名高い箸墓古墳を始めとする大きな前方後円墳だけでも片手に余るほどで、箸墓だけは以前にも見たことがあるのですが、一度山の辺の道を歩いて古墳巡りをしてみたいと思っていたのです。しかも今回、ちょうどニュースで話題になった桜井茶臼山古墳の現地見学会が旅行の時期にばっちり重なったので、これ幸いと喜んで行ってきました。

  桜井茶臼山古墳1
  (会場入り口の看板)

 そもそもこういう一般の考古学ファンのための「現地見学会」というのは明日香村などでよく行われていますが、何しろ千尋は関東在住者でして、見学会が開催されてもそう簡単に駆けつけるわけにはいきません。よっていつもテレビ画面で羨ましく眺めるだけだったのですが、念願叶ってついに生まれて初めて体験する現地見学会ということで、そりゃあもうわくわくしながら駆け付けました。

  桜井茶臼山古墳2
  (入場待ちの行列。どんどん人が来るので入場制限中)

 階段を上って前方部から古墳の上に昇ると、後円部の埋葬地までの道にずらりと解説のパネルが並んでいました。ここでもしばらく入場制限で待つ間、パネルやもらったパンフレット(これが実に立派で驚きました)を見ながら各自予習の後、いよいよ問題の埋葬地へ入場です。

  桜井茶臼山古墳3
  (後円部へ昇る階段。結構急です)

 これまで千尋も、埼玉や群馬で比較的よく形を残している大型の古墳のいくつかに昇ったり横穴式石室を見たりしてきていますが、今発掘調査中の古墳を見るのはこの桜井茶臼山古墳が初めてです。どきどきしながら階段を昇り切ったところで、ぽっかりと口を開ける予想以上に大きな竪穴と、その底の赤い石に囲まれた石室が目に飛び込んできました。

  桜井茶臼山古墳4
  (石室の南側から。内部が見えるよう、天井石の半分程度がどけられています)

 まず驚いたのが、とにかく大きい! 南北11m、東西4.8m、深さ2.9mというこの墓の主が一体誰だったにせよ、この大きさを見るだけでも相当に身分の高い人物だったろう事は疑いありません。しかも石室の天井や壁に使われた石には鮮やかに塗られた赤い色が今もはっきりと判り、盗掘で破壊された木棺の残骸以外に副葬品等は殆ど残っていなかったそうですが、それにしても立派なお墓でした。(なお失われた副葬品については、わずかな破片などを調査した結果、玉杖、武器、鏡などがあったらしいことが判っています)

  桜井茶臼山古墳5
  (石室内部。壁は薄い板状の石をたくさん組み上げています)

  桜井茶臼山古墳6
  (脇に置かれた天井石。中には1.5tの大物もあるとか)

 それにしても、こんな立派な古墳がどうして天皇陵はおろか陵墓参考地にも入っていないのか不思議ですが、おかげでこうして一般人でも直接目にする機会に恵まれたことは、ある意味よかったということなのでしょうか。これだけのお墓ですから大王やその一族のものであってもおかしくないでしょうに、一体墓の主は誰だったのでしょうね?
 何にしても、今回の見学会を開いてくださいました奈良県立橿原考古学研究所の皆様ありがとうございました、そして三日間お疲れさまでした。もちろん調査はこれから先もまだまだ新しい発見があるでしょうし、今後の研究の進展を期待しています。

 そんなこんなで、時間もないので名残を惜しみつつ急いで桜井駅へとんぼ返り、JRで一度北上して天理駅へ向かいました。ここからいよいよ後半の山の辺の道縦断開始ですが、続きはまた次回。

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