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みささぎ巡り

 2009/09/30(Wed)
 ちょっと時間が前後しますが、9月19日に埼玉県行田市の「さきたま古墳群」へ出かけてきました。
 元々西洋史と美術展大好きな千尋ですが、古い時代の日本史(鎌倉時代まで)も大好きで、なかなか時間は取れないものの神社や古墳を回り歩くことも多いです。しかし京都や奈良のように遠い所も大変ですが、近くの場所もこれはこれで案外なかなかきっかけが掴めないもので、さきたま古墳群もそんなひとつだったのですが、今年のシルバーウィークでようやく行ってみようかという気になりました。

 というわけで、高崎線の各停電車にとことこ揺られること1時間余り、北鴻巣駅から直行バスで割合楽に目的の「さきたま古墳公園」に到着しました。実は事前にあまり詳しい情報を確かめずにとにかく行ってみよう!と勢いだけで出発したのですが、よくまあこんな限定された区域にこんな数の古墳がひしめき合っているものだと、思わず目を見張るような、まさしく「古墳群」です。しかも古墳ひとつひとつも決して小さなものではなく、最大の二子山古墳(全長138m)を始めどれもなかなかの規模で、河内の巨大古墳には及ばないもののなかなかの壮観でした。

 さて、さきたま古墳群といえば、とりわけ外せないのがかの有名なあの!稲荷山古墳です。

  稲荷山古墳
  (稲荷山古墳全景。隣の丸山墓古墳の頂上より撮影)

 見ての通り典型的な前方後円墳で、前方部分は土取り工事で一度完全に壊されてしまったそうですが、現在は復元して元通りの姿になっていました。後円部分の頂上には埋葬施設が二つ発見され、その一方からかの国宝「金錯銘鉄剣(稲荷山鉄剣)」が発見されたとあって、実際にその場所に立ってみると改めて感動でしたね。

  稲荷山古墳頂上
  (後円部頂上、鉄剣の見つかった埋葬施設跡)

 ところでその鉄剣ですが、本物はすぐ近くの埼玉県立さきたま史跡の博物館にて常設展示されており、もちろんこちらもしっかり見てきました。ぼろぼろに錆びた刀身に鮮やかな金色で刻まれた「獲加多支鹵大王」の文字は、字体こそ拙いもののよくぞこれが千何百年もの間失われずに残ってくれたものだと、まったく感動を覚えずにはいられません。うーん、古代史ってやっぱり他にはないロマンを掻き立てられますね。
 ちなみにちょうどその一ヶ月ほど前、東博で伊勢神宮展を見た帰りにも、常設展で国宝「銀象嵌銘大刀」(熊本県・江田船山古墳出土)に偶然出会ってきたのです。こちらも「獲□□□鹵大王」の文字があったことでよく稲荷山鉄剣と対のように語られるもので、まさか東京で実物にばったり遭遇するとは思わずびっくり仰天したのですが、あれって東博所蔵だったのですね。九州にも国立博物館ができたのだし、あっちに移っていてもよさそうなものなんですが、ともあれこの二つの剣に殆ど間を置かずに出会えたのは大変ラッキーでした。

  銀象嵌銘太刀
  (銀象嵌銘大刀。12/13まで引き続き展示中です)

 話戻ってさきたま古墳群ですが、稲荷山古墳の他にも色々と面白い見所がたくさんで、一通り見て回るのにやや速足で2時間弱程かかりましたが、余裕があれば半日くらいかけてゆっくり楽しみたかったです。中でも面白かったのは将軍山古墳で、何とこの古墳、横穴式石室をそのまま展示室として中に入って見学することができるのですよ(というか、元々一度壊れてしまったのを復元して展示施設にしているのですね)。これには驚きましたが、この古墳は発掘品も非常に豪華なもので、ちょっと他では体験できない非常に楽しい展示でした。

  将軍山古墳
  (展示施設の反対側から見た将軍山古墳。復元された埴輪が可愛い。^^)

 といった具合で、長年の懸案だったさきたま古墳群を(全部ではありませんが)一通り見ることができて、やっと肩の荷がひとつおりました。しかしそうなると何だかまた他の古墳も見に行きたくなってきて、目下来月あたりまた奈良へ古墳巡りの旅に出ようと計画中です…

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