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被物の謎

 2009/06/04(Thu)
 昨日の「旅立ちは普段着で?」に引き続き、本日は宿題その2です。

「被物」は「かぶりもの」ではなく(笑)、「かずけもの」と読みます。「禄(ろく)」とも言い、文のお使いや晴れの行事での舞などのご褒美として、身分高い人から臣下・家来に下されたり、また祝い事で引き出物として贈られたもののことです。源氏物語でもちょくちょく出てくる言葉で、衣類を与えることが多く、特に正式なものはやはり女装束一揃いということでした。
 しかしそれにしても、どうして女装束の方が格の高い下賜品になるのか、ちょっと調べてみただけではやっぱり判りません。装束一領ということは即ち女房装束の裳唐衣まで全部含めた本当に本格的な一式ということで、そりゃあさぞかし豪華な値の張るものではありましょうが、男性の衣装だって晴れの束帯一揃いは今なら1千万円以上くらい(!)になるとどこかで読んだ覚えがありますし、まさかお値段だけが理由ではないと思うのですが…はてさて。

 ちなみに源氏物語では、例えば「胡蝶」で夕霧が秋好中宮から禄を賜る場面があります。この時彼は既に四位の中将ですが、女装束をもらって一体どうしたのだろう、と改めて不思議に思いました。
 夕霧はまだ10代でしかも独身でしたし、そもそもこの時代、衣装は女性の家で夫たる男性のために調えるものであり、男性から衣装を贈られるというのは女性には逆に恥ずかしいことでさえあったらしいのです。だから恋人に贈るというのもなさそうですし(当時そうした賜り物をそのまま別な家へのプレゼントにしたりしたかどうかは不明ですが)、まさか夕霧程の権力も財力もある権門の御曹司が売ってお金に換えるというのも考えられません。さりとて妹(明石姫君)はまだ成人前、また養母の花散里に差し上げるといっても、彼女は「玉鬘」の衣配りを除けばむしろ衣装を調える側としてよく登場する人なので、これもちょっと考えにくいような気がします。
 で、あれこれ考えてみたのですが、もうひとつ「身近な女房に下げ渡す」というのはありかな、とふと思いました。夕霧も恋人一筋とはいえ、高貴な男性の常としてお手付き女房くらいはいたようなので、ちょっと気に入りの女性がいればそういうこともあったかもしれません(何しろ袿ならともかく、裳唐衣ともなれば自分で着るわけにはいかないし。笑)。
 ともあれ、百聞は一見に如かずということで、今回も風俗博物館の展示から。

  「胡蝶」の夕霧

  被物の細長を肩にかける夕霧。(風俗博物館2004年展示「胡蝶」より)

 ちなみに本文では「中将の君には、藤の細長添へて、女の装束かづけたまふ」とありますが、諸般の事情により(笑)展示の細長は柳のかさねでした。ただここでまた気になったのですが、文字通りに受け取ると、若い男性とはいえあのずっしり重い裳唐衣一式全部を一度に担がされたのか(!)と思ってしまいますよね? いくらなんでもそれはないだろうと思ったら、玉上琢禰著「源氏物語評釈」では実にさらっと「殿の中将(夕霧)は、女の装束と細長を肩に掛けて、はなやかに、紫の上の御殿へ渡る」とあり、しかも「女の装束は裳、唐衣、五つ衣などに紅の袴も入る」と述べていたのでした。…いや、それちょっとかなり大変だと思うんですが…
 さすがに玉上先生は十二単をお召しになったことはないでしょうが(笑)、千尋は一応あの重さを実際に体験したこともありますので、お伴とかが分担して運ぶようなことはなかったんだろうかと、これまた不思議です。…何だか今までいかに適当に読み流してきたかが段々暴露されてますが(苦笑)、解説書などでもそういうことは意外に書かれていないので判らないのですよね。

 そんなこんなで、肝心の法事のお布施までなかなか辿りつけませんが、多分系列としては同じような問題だと思うので、引き続き合わせて調べてみます。

 ところで細長といえばひとつ、前から気になっていたのですが、六歌仙等を描いた絵画の小野小町がよく細長らしき衣装を着ています。佐竹本の小町は明らかに裳唐衣ですが、何故小町は細長姿で描かれることが多いのでしょうね?(そしてまた課題が増えていく…^^;)

・参考リンク:源氏物語 『源氏物語』原文とその背景を読む
        「小袿と細長(3)重ね着・被け物」という記事で、被け物について詳しく触れています。


追加:2006年展示「若菜」の女三宮降嫁より

  若菜・女三宮降嫁の被物

 引き出物の禄を賜り退出しようとしている三位の公卿。裾を長く引いた正装の束帯で、肩にかけた禄は杜若かさねの袿でしょうか、祝い事らしく華やかですね。

さらに補足:
 色々調べていたら、「落窪物語」では男主人公が笛の褒美に帝の御衣を賜って帰宅した折、妻の落窪姫にそれを与える場面があったらしいです(昔読んだけどすっかり忘れた;)。帝からのご下賜品ともなればまた特別ですが、普通のお祝い事などでもこういう風に、家族にそれを贈る習慣はあったのでしょうか?(でもやっぱり夕霧は無理ですよね)

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