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皇女たちの小宇宙 尼門跡寺院の世界

 2009/04/18(Sat)
  20090418183208


 今日は東京芸術大学美術館で開催中の「尼門跡寺院の世界」(2009年4月14日~6月14日)へ行ってきました。
 いつもの絵画等が中心の美術展とはちょっと違いますが、千尋は元々天皇家の歴史、特に女性たちには結構興味を持って色々勉強しているので、こういうマニアックというかマイナーなテーマの特別展は大変嬉しいものです。というわけで、これは観覧の前にひとつ予習をせねばと考えて、↓こんな本を引っ張り出してきました。

  
歴史のなかの皇女たち歴史のなかの皇女たち
(2002/11)
服藤 早苗(小学館)

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 この本は何と歴代天皇の皇女たち全員の一覧はもちろん、伊勢斎宮、賀茂斎院、女院、そして今回の尼門跡と、とにかく皇女に関するものはことごとく網羅しているという、とんでもなく素晴らしい貴重な本なのです。初心者の入門書というにはやや内容が濃いかもしれませんが、私も普段は平安時代がもっぱら勉強の対象で、ある程度判るのはせいぜい南北朝時代頃までなので、今回のいささか守備範囲から外れた「尼門跡」について改めてこれで再勉強させてもらいました。
 で、そもそも何で皇女様たちが尼寺に行かねばならなかったのかというと、ひとつには室町時代、特に南北朝以降の天皇家や公家(つまり皇女たちの母方の実家)に経済的余裕がなかったからということらしいのです。特に戦国あたりの天皇家の状況はかなり悲惨で、天皇が代替わりしてもまともに即位式もできない、当然皇后を立てる余裕もなければ皇子女たちに親王宣下をすることもできない、よって特に皇女たちは皆門跡行きだったというわけです(注:天皇の子どもといえど、親王宣下という「認知」を受けなければ格式ある親王・内親王として認められず、ただの皇子・皇女なのです)。江戸時代以降は徳川家から東福門院の輿入れもあって大分ましになり(中宮や内親王宣下もこの頃復活)、御所風の優雅で雅やかな世界が尼門跡の中にも引き継がれて格式高い寺院として認められていったそうですが、遡ればやんごとない方々でも大変だった時代がそのルーツにあったのですね。

 さて肝心の展示ですが、特にカルタやお雛様、香道具に貝合せなど、いかにもお姫様のためらしい可憐で繊細な品々があるかと思えば、お経はお経でも髪の毛で刺繍したり爪を切って板に張り付けたりして作ったという何やら壮絶なものもあって、実にバラエティに富んだ内容に驚きの連続でした。また、皇女たち自身の手になる絵画や書も多く、とりわけ宝鏡寺門跡の徳厳理豊尼(後西天皇皇女)の作品はそれこそ玄人はだしの素晴らしいもので、私の大好きな酒井抱一や近衛家熙のような才能ある人が何と皇族女性にもいたのかと、本当にびっくりです。確かに書や絵画も平安時代の頃から貴婦人の嗜みのうちだったといいますし、天皇のお妃にもそういう芸術に優れた人がいたという話がありますが、まさかこんな世界でそういう人に巡り合えるとは、嬉しい驚きでした。

 ともあれ、今回の展示品は大半が室町から江戸以降のものだったようですが、それにしては全体的に非常に保存状態良好で、これも驚きの一つでした。特に装束類や打敷などは虫食いどころか色褪せすら殆ど見られないものも多く、中でも緑の錦の縁取りと真っ赤な織物の打敷はつい最近作られたものかと思うばかりの艶やかさで、とても200年以上経ったものには見えず目を瞠りました。それに歴代の住持となった皇女たちの肖像もやはりとても綺麗で、皆長い間大切に受け継がれてきたのだろうなと、しみじみと感じました。

 ただ、本を読んだ時にも意外に思ったのですが、皇女たちが寺院に入り「得度」を受けて正式に出家するのは、当時はおめでたいことだったそうです。「源氏物語」に代表される平安時代の感覚に慣れているおかげで、出家というと俗世どころか人生そのものを捨てるような悲愴なイメージがありますし、また現代でも「尼寺」なんていうと西洋の女子修道院のような厳しい世界を想像してしまいそうですが、尼門跡(当時は「比丘尼御所」と称した)の中も公家の雅やかな王朝文化の世界と殆ど変わらず、経済状況も結構豊かだったということです。また外部との交流も頻繁な開かれた環境であったらしく、花見や盆暮れの頃には里帰りもしたし、遠方の寺院へ参詣旅行にも行ったとかで、それなら下手に降嫁して嫁ぎ先で窮屈な思いをするよりもむしろ幸せだったのかしら?などとふと思ってしまいました(笑)。


 最後にもう一つ、今回のおまけ。

  尼宮

 出家した皇女と言えばこの人、というわけで(?)、恒例風俗博物館の展示から、五條袈裟姿に尼削ぎ髪の女三宮(2006年展示『幻』より)。
 出家して俗世のわずらわしさから解放された女三宮ですが、尼にしては可憐な色遣いの装束にやはり彼女らしさを感じます。

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コメント
TakさんのブログTBから、飛んで来ました。
私が一番知りたかったことが書いてあって、大変参考になりました。
ご紹介されているご本も、ぜひ読んでみようと思います。
私のブログで、勝手ながらこちらのご紹介とリンクを貼らせていただきました。
もし、差し支えがございましたら、お手数ですが、ご一報くださいませ。
すぐに削除いたします。
【2009/04/19 22:39】 | meme #z8Ev11P6 | [edit]
memeさんこんにちは、TBありがとうございました。
私も今回の特別展がきっかけで「尼門跡」について付け焼刃ながら予習してみて、改めて興味がわきました。
「歴史のなかの皇女たち」はとても読み応えのある本でお勧めですので、ぜひ一度(できればゆっくりじっくり)読んでみてくださいね。
【2009/04/19 22:59】 | 管理人補足 #- | [edit]
予習をされたのですね。
歴史の中の皇女たち
読んでみたくなりました。

尼門跡寺院展を観て来て
こちらを拝見し より理解が深まりました。

雅な世界 とても良かったですね。
【2009/05/30 22:19】 | coco #- | [edit]
>coco様
こんにちは、コメントありがとうございます。「歴史の中の皇女たち」はとても
面白いお勧め本ですので、機会があればぜひ読んでみてください。
今回中心の江戸時代に限らず、意外に知られていない皇室の歴史の一端が
色々判って、歴史好きにもかなり目から鱗の落ちることが多かったです。
今回の尼門跡展もとても素敵でしたし、今後もっとこうした内容の展示が
増えてくれるといいですね。
【2009/05/30 23:51】 | 管理人 #- | [edit]












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【2009/04/19 22:33】
  • 「尼門跡寺院の世界」【弐代目・青い日記帳 】
    東京藝術大学大学美術館で14日から開催される 「皇女たちの信仰と御所文化 尼門跡寺院の世界」のプレスプレビューにお邪魔して来ました。 ・公式サイト ・公式ブログ「尼門跡を知っていますか?」 聞きなれない「尼門跡寺院」という言葉。「尼門跡寺院とは皇族...
【2009/04/22 17:50】
  • 尼門跡寺院の世界 ・東京藝術大学大学美術館【あべまつ行脚】
    尼門跡寺の展覧会。これはまた珍しい展覧会だ。寺宝の超一級美術工芸品を博物館やデパートなどで見る、今年は特にその傾向が強い年だけれど、この展覧でどんなものと出会えるか、楽しみにしていた。
【2009/05/20 14:00】
  • 尼門跡寺院の世界【時間】
    雅な世界を拝見してきました。尼門跡とは 皇女や貴族の息女が住職となる寺院。比丘尼御所、尼門跡ともいう。                                   (Wikipedia)とのことです。1000年以上の歴史が
【2009/05/30 22:00】
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