再び銀屏風

 2008/02/13(Wed)
本日調べ物の最中に、酒井抱一の「月に秋草図屏風」(ペンタックス所蔵)についての論文を見つけて早速読んでみました。それによると抱一の俳句で「月」が読み込まれているものには、故人を追想する内容のものがしばしば見られるそうで、「月に秋草図」ももしかすると追善のために描かれたものではないだろうかという、なかなか興味深い内容で面白かったです。「夏秋草図屏風」に尾形光琳への敬慕を込めたとする説は有名ですが、もっと身近な親しい人を懐古するものがあってもおかしくないかもしれませんね。

で、この論文の中で「抱一にとって秋の月光は金だったのではないか」という意見がありまして、ちょっとおやっと思いました。確かに抱一の金屏風にも月夜を描いた絵は「月に秋草図」を始めいくつもありますし、そればかりか金泥で月を描いた掛け軸もありますから、抱一本人がそのような意識で描いたこともあった可能性は大いにあります。
ただ、本やら図録やらを色々ひっくり返していてふと気付いたのですが、月夜を描いた金屏風の場合、ほぼすべてに共通しているのが「月」そのものが描かれているということです。それに対して、「夏秋草図」を始めとする銀屏風はいずれも月は描かれていませんが、これは玉蟲敏子氏の指摘にもあるように、銀地そのものが月夜を暗示していると素直に解釈していいと思うのですよね。その点「月に秋草図」の場合、月そのものを銀で描いているのだから背景を銀地にはできなかったでしょうし、月光を金で描くことはあっても金こそが抱一の月光の色だと断言するところではいかないのではないかなあと(素人考えですが)思うのでした。

ともあれ、そんなこんなで色々読み返していたら、ここしばらくご無沙汰している出光の「紅白梅図屏風」が見たくなりました。抱一は桜も好んで描いた人ですし、紅白梅図というと何と言っても光琳が有名ですけれど、抱一の梅には次回いつ会えるでしょうね?


     月一輪梅の薫は何処より      抱一

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