久しぶりに、白洲正子

 2009/03/08(Sun)
 最近白洲次郎・正子夫妻が何やら話題になっているようで、以前買った↓こんな本を久しぶりに引っ張り出してきました。

 
花にもの思う春―白洲正子の新古今集 (平凡社ライブラリー)花にもの思う春―白洲正子の新古今集
(平凡社ライブラリー)

(1997/07)
白洲 正子

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 何がきっかけかはよく覚えていませんが(多分骨董系?)、千尋が先に名前を知ったのはまず奥さんの方でして、なのに唯一持っている本は何故か新古今集です。(笑) 一頃桜関係の文学誌の類をやたら読み漁ったので、確かその絡みでこの本も買ったのですが、思ったのとはちょっと違ったのと新古今はよく知らなかったのとで、結局あまりしっかり読んだことはありませんでした。
 で、しばらく経ってから、今度は書店でちらほら旦那(次郎さん)に関する本も見かけるようになりまして、特に若い時の写真は「うわー、あの人の旦那さん、こんな男前だったんだー」(笑)というのが第一印象でした。しかもただ整ったハンサムというだけでない、何と言うかいい面構えの人で、生き様もなかなかに格好いい人だったようですね。

 
白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)
(2008/12/12)
北 康利

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  (問題の写真。笑)

 とはいえ、気になりつつも結局本を読んだわけでもなかったのですが、最近ドラマになってやけに人気が出ていると聞いたら、久しぶりに奥さんの本も読み返してみようかという気になりました。千尋は元々平安中期くらいが得意分野で、院政から源平合戦くらいまで下るともう人間関係のややこしさがいまだによく判らなくてちょっと苦手なのですが、改めて読んでみるとこの本は研究者の著作とは違って比較的とっつきやすく、文章も平易でなかなか判りやすいのです。特に後白河院や俊成・定家親子など、当時の代表的な歌人たちの人となりについて述べるくだりは、まるでその人たちを目の前にしているようなリアリティと愉快さがあって、今度はとても楽しく読むことができました。

 ところで話は少々ずれますが、本の冒頭でいわゆる三大和歌集、すなわち万葉・古今・新古今についてちょっと長く触れたくだりを読んでいたら、何だか琳派の宗達・光琳・抱一の移り変わりを連想させるなと思ってふとおかしくなりました。確かに芸術にしろ文明にしろ、比較的単純明快なところから始まって次第に発展・成熟していく過程はどれもある程度似たようなものでしょうが、特に宗達と万葉集とか、抱一と新古今集というのは何となく相性がよさそうだなと感じたのです。
 もちろん、千尋は和歌といえば百人一首にちょっと有名なものを多少プラスした程度の知識しかないので、あくまでそういう素人の漠然としたイメージなのですが、白洲正子は本の中で新古今を再発見したのは宗達と光悦ではないかというようなことを述べていて、確かに光悦は新古今やら百人一首やらをたくさん書で書いていますが、宗達もそうなのかなあとちょっと意外な気がしたのです。宗達の技術は凄いとよく言われますが、私のような素人の目には彼のそういう凄さというものはあまりよく判らなくて、むしろ作品に満ち溢れるのびのびとした闊達なおおらかさが魅力的だという印象の方が強いので、技巧的にいうなら光琳のデザインセンスや抱一の繊細な緻密さの方が判りやすいのですよね。

 ともあれ話戻って、新古今の時代というのは「既に言いつくされたことを、どうやって料理するかが問題」だったということで、なるほどそれであの辺の和歌は凝りに凝って本歌取りだの何だのの注釈だらけの判りにくいものが多いのかと、遅まきながらようやく納得しました。しかしそうなるとこの分野はこれからもっとしっかりお勉強しなければいけなさそうですが、他にも色々お勉強しなきゃいけないことはたくさんあるし、まあのんびりゆっくりやっていきましょう。

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