沈黙の画家二人 ハンマースホイとワイエス

 2008/11/24(Mon)
 22日は長らく懸案だった「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」(国立西洋美術館、9/30-12/7)と、「アンドリュー・ワイエス 創造への道程」(Bunkamuraザ・ミュージアム、11/7-12/23)の二つへ行ってきました。この組み合わせにしたのはたまたま都合からそうなったというだけなのですが、考えてみると非常に渋い取り合わせですね(笑)。

 さて、まずハンマースホイですが、この画家についてはこれまでまったく名前すら知りませんでした。確か去年のオルセー展は行ってないし(すみません印象派苦手なんです;)、だから話題になったというのも知らなかったのですが、先月琳派展オフでTakさんが「凄くお勧めだから!」と熱烈にプッシュしてらしたので、それじゃあ行ってみようかとは思っていたのです。
 さてこのハンマースホイ、先週放送の新日曜美術館によると「北欧のフェルメール」という仇名があるそうですが、いざ作品を見た感想は、正直言ってあまり共通点を感じませんでした。確かに室内画であることや、人物の構図などに影響を受けているところはあるものの、だからと言って似ているとは思えなかったのです。むしろ最初の方のコペンハーゲンの風景画(特に「クレスチャンボー宮廷礼拝堂」)を見た時まず思ったのは「あ、東山魁夷だ」で、自分でもこの発想にはちょっと驚きましたが、見れば見るほど油彩画なのに魁夷さんの日本画を思わせる、全体にうっすら霧がかかったようなやわらかなタッチが非常に印象的でした。
 もっとも言うまでもなく、時代は魁夷さんの方がハンマースホイより後なのですが、そういえばあの人の風景画も人物の描かれないものが殆どでした。魁夷さんも北欧旅行はしていますし、もしかしたらどこかでハンマースホイを知っていたとしたら、とても共感を覚えたのではないかしら、と思います。

 そして室内画の方ですが、画家の妻イーダが黒衣の後姿でひっそりと佇む絵の数々もさることながら、最後のコーナーの「誰もいない部屋」は何とも不思議な感覚に惹きつけられました。後で図録を読んでみると、解説や論文ではやたらに「薄気味悪い」と評されているのですが(苦笑)、私は全然そんな風には感じなかったのです。むしろ誰もいない部屋の方が、かつてそこに誰かが暮らしていた気配、記憶の底に沈んでいた思い出のような不思議な懐かしさ、そしてそこにいた人たちはどこへ行ってしまったのかいう寂寞、そんなどこかノスタルジックな慕情を駆り立てられて、静かでありながら「沈黙が聴こえてくる絵だ」と思えました。新日曜美術館で、「フェルメールの絵には物語があるが、ハンマースホイの絵にはそれがない」という話が出ていましたが、確かにそこにあるのは物語ではなく、けれども沈黙の中に言葉では語ることのできない、ただ絵でしか語れず表わせない何かを湛えているように感じる世界でしたね。
 それにしても、あの誰もいない部屋は室内の暗い色調に反して、差し込む陽光が対照的にとても明るく暖かに見えて、それもまた不思議な絵でした。画家にとっては今現在いる世界をモデルに描いたもののはずですが、じっと向き合っているとそれが過去の思い出のようにも、またいつか画家自身がいなくなった後の未来のようにも思えて、見れば見るほど引き込まれる独特の力があります。(そして後で思ったのは、そういう不可思議な魅力がどこかマグリットにも似ているということでした) 確かにフェルメールの世界のような暖かさはあまりありませんが、少なくとも私にとってはフェルメールよりもさらに強く惹きつけられる――というか、画家の心情にこちらも共感することができる、いつまでも見ていて飽きない心落ち着く画家でした。

 さて、ハンマースホイにどっぷり漬かった後一服して、今度はワイエスですが、こちらは同じく渋いと一口にいっても、ある意味打って変った別世界でした。昔来日したヘルガシリーズの図録だけは見たことがありますが、ハンマースホイとは対照的に恐ろしく細部まで描き込まれた気の遠くなるような作品で、いやもう腰を抜かしたものです。(そして今に至るまで、あれに匹敵するものは10代のピカソの作品しか知りません) ただ今回は肖像画よりも風景画の方が多いということでしたが、やはり図録でこれまた気の遠くなるような麦畑の絵の記憶が残っていたので、多分ああだろうと思っていたらやっぱりそうでした。(笑) 特にチラシにも載っていた「松ぼっくり男爵」の松林とその下一面に散る松葉の描写の物凄いこと、目を近付けただけでくらくらしそうでしたよ。
 それにしても今回風景画を見て思ったことですが、多分メイン州という土地柄もあるのでしょうか、ワイエスの描く自然は非常に厳しく荒々しい印象が強かったです。気温だけを言うならハンマースホイの故国デンマークの方がもっと寒そうですが、冷たい風の吹きすさぶ荒野を徹底したリアリズムで描いた世界は、ハンマースホイとはまったく違った沈黙を感じさせました。時折人物画があっても、ワイエスの描く人物は皆何かを語りかけるような様子はなく、自然の音はあっても人の肉声の聴こえてこない絵という感じでしょうか。それでいて人物描写は髪の毛一本や肌合いに至るまで緻密を極めた凄まじさで、何というか相変わらず迫力満点で圧倒される画家の一人だと改めて感じました。現在既に90歳を越える高齢で、実は「え、まだ生きてたの!?」(←こら)と驚きましたが、いや実に頼もしい限りです。ハンマースホイは残念ながら50代で亡くなってしまいましたが、ぜひとももっと長生きして作品を残してください。(^^)

 ところで、今回のワイエス展では完成作品以外に習作の数々も見ましたが、これまた素晴らしいものばかりで、絵によっては完成品より習作の方に惹きつけらることも多々ありました。それ1点だけでも十分独立作品になりそうなものもありましたし、ざっとスケッチをとっただけのものや簡単な水彩で着色しただけのものも、それはそれで何ともいえない味わいがあり、全体に決して明るい世界ではないのですが、やはりハンマースホイ同様そんなところにとても惹きつけられます。たまたま隣にいたご婦人が「こんな絵欲しいわね~」と言ってお連れさんに笑われていましたが、私もちょっと一枚欲しくなってしまいましたよ。(笑)

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コメント
ハンマースホイとワイエスの共通点はあると思いました。ワイエスの「続き部屋」などの空間の作り方などは、ハンマースホイの部屋のドアが開いて向こう側が見えるのとよく似ていると感じます。ワイエスもハンマースホイを好きだそうです。それにしても千尋さんのワイエスの作品に対する見方には共感を覚えました。思わずコメントしました。ほんとうに本物を見てわかるよさがあると思いましたし、習作だからと馬鹿にしてはいけませんね。習作のほうが秀作で、テンペラの方が固くて感じるものもありました。きっと図版だけを見ている人はあの良さの半分しかわからないと思います。ワイエス最高!
【2008/11/24 18:25】 | あきこ #K68J.iDk | [edit]
あきこさん初めまして、コメントありがとうございます。ワイエスもハンマースホイ好きなのですか、それは知りませんでした。二人とも好きな画家がお互いにも惹かれているなんて、ますます嬉しいですね。
ともあれ、私もワイエス作品に直接触れたのはこれが初めてでしたが、昔図録だけでも圧倒された感動を改めて思い返しました。いずれまた、機会があれば今回1点しかなかったヘルガシリーズも今度は実物をじっくり見たいと思います。
【2008/11/24 19:26】 | 飛嶋千尋 #EvGjErPc | [edit]












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【2008/11/25 00:29】
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