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大琳派展 継承と変奏(7) 余白と移ろいの美 

 2008/11/16(Sun)
 昨日は大琳派展最後の観覧に行ってきましたが、いやはや最終日前日だけあって、博物館前は大変な長蛇の列でした。まあ大体予想はしていましたし、今回は頑張って9時に到着して開場後すぐに会場入りできたので、まず最初のコーナーもすっ飛ばし風神雷神の前まで直行です。(笑) そして狙いどおりまだ他の観客もほとんどいない状態だったので、わずかな間でしたが4点の風神雷神をじっくり心おきなく堪能、至福の時間を過ごしてきました。うふふ(^^)

 さて、今回は北海道からはるばる上京した母も一緒でしたが、最初の風神雷神の後改めて入口へ戻ったところで、「桜芥子図襖」を目にとめた母が「わーこれ綺麗ー」と歓声を上げました。しかしその直後、「でもこの下いらない」…どうやら母、桜の下の空間を埋め尽くした芥子ほかの春の草花はあまりお気に召さなかったようです。(笑) まあ確かに、かなりびっしりたんぽぽやらつくしやらすみれやらが悪く言えばごちゃっと描き込まれていて、あまりすっきりした構図ではなかったですね。
 それでふと思ったのですが、「風神雷神図」はともかく俵屋宗達の作品は、絵の上や端に余白を取ることはあっても中央をどーんと空けることはあまりないようですね。強いて挙げれば「蔦の細道図」あたりが例外ですが、養源院の杉戸絵なんかは画面いっぱいいっぱい使ってますし、空間恐怖症というのではないですが、比較的画面全体に何かしらを書き込んでいることが多いなと改めて気付きました。
 そして続く尾形光琳は、これまた燕子花図は意外と余白はなく、まして風神雷神のバリエーションとも言われる紅白梅図は真中にどーんとあの川の流れを据えていて、全体に中央に大きく空間を残すやり方はあまり見られません。掛け軸作品などでは無駄をすっきりそぎ落とした構図もありますが、それでも宗達と比べても余白は少ない感じです。また今回の大琳派展には出ていませんが、渡辺始興や深江芦江あたりを見ても(私の知る限りの範囲でですが)そう余白が大きいという印象はあまりないのですよね。

 で、翻って酒井抱一ですが、これはもう何をかいわんやです。(笑) 浮世絵時代はそうでもないですが、琳派初期の「燕子花図」は早くもコの字型の構図で中央に大きく余白を取り、その後も掛け軸作品ではくの字型の構図を好み、「柿図屏風」では画面右下にすっぱりと余白を残し、とどめの「夏秋草図」はV字型に中央を空ける等々、枚挙にいとまがありません。それがまた画面構成のすっきりあっさりとした(ある意味淡白な)印象をさらに強めており、江戸らしい洒脱な感性といわれる所以でもありましょうが、よく言われるように円山四条派の典雅な雰囲気とも通じるものがあります。琳派以外にも様々な流派を学び吸収した抱一のことですから、これだけがルーツだと一概に決めつけることもできないと思いますが、ただその余白に以前も触れた季節の移ろいや自然の気配を感じさせるというのは研究者の人たちも同様に考えることのようですね。
 というわけで、昨日久しぶりに読み返した「酒井抱一と江戸琳派の美学 日本の美術 (No.463)」に、こんな文がありましたのでご紹介。

「金地と共に銀地をも好み、繊細な描写を愛した抱一は、四季折々の微妙な季感の表出にすぐれた。(中略) 抱一が描く草や木の花や葉には、夏の雨や秋の風が当たり、あるいは冬の雪がおおい、春の暖気が通うなど、季節や気候に応じてつねに実感的であろうとしており、その辺りが、草木を晴天白日の下にさらし美の極点でとらえようとした宗達や光琳の作風と根本的に異なるところであった」(小林忠)

 今回大琳派展の公式サイトでも、例えば「夏秋草図」が表示されると降りしきる雨の音が響いてきますが、抱一の絵は音だけでなく風の冷たさや花の香といった、視覚・聴覚に加えて触覚・嗅覚などの五感にまで及ぶ四季そのものが込められているとさえ感じることがあります。それが何故なのかと思っていたら、やはり上記の小林氏の文にもう一つ、非常に興味深い意見がありました。

「ところで、微妙な季感、風物詩の表出において、同じ琳派といっても抱一をはじめとする江戸琳派の諸家が、一段と生彩を放っていることに気付かされる。宗達や光琳が主導した京琳派においては、花の彩りや葉の緑が陽光を受けてその美しさを全開させているのに対して、江戸琳派にあっては、雨に打たれ、月の光を浴び、あるいはひんやりとした夕暮の風を受けているまさにその一刻の、移ろいやすい表情をあやうく定着させている。雪月花の味わいが、もうひと味利かされた、いわば「演出された花鳥」という点で、江戸琳派は京都のそれとは異なる個性を主張しようとしたのである」

 これには、なるほど鋭い指摘だ、と思わず唸りました。京琳派のテーマが盛りの美であるのに対し、江戸琳派は敢えて移ろいの美を主役としたというわけで、それがまた微妙な季節の変化を一層鋭敏に感じさせる一因とすれば大変納得できます。そしてその転換のきっかけとなった主役は、やはり抱一さんだったのでしょうね。
 ところで、そんなことを考えていてふと思い出したのが、徒然草の有名な一節「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」です。もっとも江戸琳派(すなわち抱一)の場合、「雨にむかひて月を恋ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情ふかし」とまでは行かず(それはちょっとやりすぎ。笑)、今にも咲き初めようとする桜や月夜の楓のような、直球ストレートをちょっと避けて一ひねり利かせた搦め手的なやり方を好んだようですね。これがやはり有名な藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり」まで行ってしまうともう侘び寂びの枯れた世界になってしまいそうですが(笑)、一口に琳派といっても本当に色々な「変奏」があるのだなと面白く感じました。

 ともあれ、思うことはまだまだ多く尽きないのですが、同日観覧してきた山種美術館の琳派展の感想も含めて、続きはまた後日。

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