梅一輪

 2012/02/23(Thu)
 今日の美の壺は、一年前に放送するはずだった「梅」がテーマでした。
 しかも今回は、大好きな野々村仁清の「色絵月梅図茶壺」&酒井抱一の「白地梅樹文描絵小袖」、その他にも狩野永徳の「梅花禽鳥図」等々、錚々たる顔ぶれの美術品紹介も盛り沢山で嬉しかったです。しかしこれだけ揃ったら最後はあれしかないだろう、と思っていた尾形光琳の「紅白梅図屏風」は何故か登場せず、せっかく今熱海で展示中なのに~とそれだけがちょっぴり残念でした。

 ともあれ、色絵月梅図茶壺はつい先日本館での展示が終わったばかりで、ほぼ毎年見ることのできるお馴染みの作品です。仁清の茶壷は出光美術館や静嘉堂文庫美術館等にもありますが、均整のとれたまろやかなフォルムの美しさにかけてはこの茶壺が断然一番で、金銀赤の絵付けの華やかさもまた抜群です。一度この壺と抱一の小袖と光琳の屏風が揃ったところを見てみたいなと思っているのですが、果たしてそんな機会があるでしょうか…?


白梅
東京国立博物館の庭にて(2010年2月撮影)


 参考リンク:色絵月梅図茶壺(東京国立博物館提供)

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時を越える便り フェルメールからのラブレター展

 2012/02/11(Sat)
 2011年12月30日と、今日2012年2月11日の2回、Bunkamuraザ・ミュージアムにて開催中の「フェルメールからのラブレター展」(2011.12.23-2012.3.14)へ行ってきました。
 大分前から宣伝されていたこの美術展、世界中に6点現存するフェルメールの「手紙」の絵を何と一度に3点集めて展示するというので、私も大変楽しみにしていました。今や日本でもすっかりお馴染みになったフェルメールですが、こうした切り口からの美術展は初めてで、面白い試みですよね。ここ数年毎年フェルメールが来日するのがもう殆ど定着してきただけに、ただ数だけではない様々な角度からのアプローチが今後も出てくることを期待します。

 さて今回、私が最も惹きつけられた一枚は、今日の「美の巨人たち」でも取り上げられた「手紙を読む青衣の女」でした。もっとも現物を見ると、あの印象的な青い服は写真やTVの画面で見るほど鮮やかではなく、ややくすんで灰色がかったような青なのですが、フェルメールならではの静謐な雰囲気とやわらかな光、そしてうつむき加減の女性の横顔が実に美しい絵です。今まで私も10点以上のフェルメールを見てきましたが、一番人気?の「真珠の耳飾りの少女」よりもこの絵の方が好きかな、と感じました。思ったよりも小さめの絵だけに、これくらいなら自宅に飾ってみたいような可憐な作品です。


  フェルメール「手紙を読む青衣の女」
  静かな横顔が魅力的。誰からの手紙を読んでいるのでしょう?


 ともあれこのラピスラズリの青は、つい最近修復を終えたことで往時の鮮やかな色が甦り、それ以外にも全体的に随分と印象が変わったようです。金色の鋲を打った青い椅子も、ラピスラズリの青とはまた違うけれどやはり他のフェルメール作品にもよく出てくるもので、もしかすると画家自身の愛用の品だったのかもしれないのかなあなどと空想を巡らせるのもまた一興でしょう。

 ところでこの絵、他の二点「手紙を書く女」「手紙を書く女と召使い」と見比べていてふと気付いたのですが、背景は三点の中で「青衣の女」が一番明るいのに、何故か光源であるはずの窓が描かれていません。(「手紙を書く女」も窓のない絵ですが、こちらは背景も暗いです) あれれ、と思い、後で会場外にあったフェルメール全作品リストのパネルを見てみると、明らかに窓際と思われる明るい絵でありながら窓がないのはやはりこの「青衣の女」だけでした。やわらかな光ながらこれは夕方よりは真昼かな、という印象で、「美の巨人たち」ではフェルメールの妻がモデルではないかとしていましたが、何にせよ状況としてはやはり「遠くの恋人(あるいは夫)から届いた手紙」を読んでいる姿を描いたと考えるのが一番妥当でしょうね。


  フェルメール「手紙を読む女」
  「手紙を書く女」
  この絵は二回目の御対面。1999年のワシントン・ナショナル・ギャラリー展以来です。
  (以前も書きましたが、この毛皮は絶対アーミンではないと思います…)


  フェルメール「手紙を書く女と召使い」
  「手紙を書く女と召使い」
  こちらも二回目。前回は2008年のフェルメール展でした。


 なお今回はフェルメールに限らず、他の展示作品も手紙にまつわるものを多く集めていて、当時のオランダの風俗が色々判って面白かったです。また解説パネルにあった当時の手紙の作文例というのが傑作で、特に「男性から女性へのラブレター」のお手本は、読んでいるこちらまで歯が浮きそうな文面に思わず笑ってしまいました。まあヨーロッパの人ならやりそうではありますが、それに対する女性の返事の例が「やんわりとしたお断りの場合」というのがまた酷いです…(笑)
 とはいえ、手紙に苦労するのは昔も今も洋の東西を問わず変わらないようですね。現代はEメールであっという間に届けることが可能になりましたが、こうした絵画を見るとやはり昔ながらの手書きの手紙もいいものだなと思います。最近は年賀状や暑中見舞い以外すっかりご無沙汰してしまっていますが、久しぶりに何か一筆書いてみようかな、という気持ちにさせられました。


 関連過去ログ
 ・白い毛皮の黒いぶち

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月下の色 極上美の饗宴・酒井抱一

 2012/02/04(Sat)
 既に触れました通り、先日の極上美の饗宴は「月光写す銀の粋 酒井抱一」でした。しかも今回は、抱一の銀屏風三作(夏秋草図、紅白梅図、波図)に焦点を絞って探求するという、日曜美術館でも扱ったことのないテーマです。さてどう来るかと楽しみにしていましたが、これが色々と予想外の事をやってくれまして、大変面白く拝見しました。
 中でも特に感心したのが、抱一のエピソードを語るのにも、そのためのオリジナルの(多分)映像を作ってくれていたことです。抱一が光琳に私淑して作品を模写したことや、光琳の作品を集めて日本史上初の回顧展を開いた時のことも、ちゃんと出家姿の抱一が「琴高仙人図」の模写をしたり、集めた掛け軸をかけたりしている姿が出てきたんですよ!(感動) 去年の日曜美術館なんて、光琳特集の時の使い回しだらけだったのに…(笑)

 ともあれ、本題は問題の銀屏風三部作?です。
 まずトップバッターの「夏秋草図屏風」は、お馴染み玉蟲敏子先生が作家の嵐山光三郎氏と共にご登場。しかも何と、横浜は三渓園内のお屋敷の一室にて、夏秋草図の屏風のレプリカ(それも表が風神雷神図である本来の姿の!)を鑑賞するという、何とも羨ましい実験をしてくれたのです。番組中でも触れていましたが、美術館で見る屏風絵は大抵目線の高さがまるきり違うので、描かれた時代の人々が生活の中でどんな風に作品に接していたかを想像するのは案外難しいのですよね。(だから宗達の本家本元「風神雷神図」(←本物!)を畳の上で鑑賞させてくれる建仁寺は実に貴重でした)
 さらに以前「美の巨人たち」でも語られていましたが、夏秋草図は何故か現在本来の「置き方」で見せてもらえないという、ある意味大変困った状況にある作品なので、レプリカとはいえあんな風に鑑賞できるというのは本当に羨ましかったです。私もあの本来の姿での「夏秋草図」を見たのは1999年の「金と銀」展での一度きりなので、去年の酒井抱一展でも結局これが叶わなかったのは非常に残念でした。保存上「風神雷神図」と切り離したのは仕方がなかったとしても、この点は東博さんにぜひとも今後再考をお願いしたい問題です。

  夏秋草図7
  本当は開き方が逆なんです…


 さて続く二番手の「紅白梅図屏風」については、去年の出光美術館での琳派展の際にも散々熱く語りましたが(笑)、そのモデルとなったと思しき伝・光琳作の紅白梅図が静嘉堂文庫美術館にあるとは迂闊にもまったく知りませんでした。なるほど確かに、かの有名な熱海の国宝・紅白梅図とは大分違って、しかも抱一作の紅白梅図にも通じる造形です。さらに面白いことに、その後取り上げられた「波図」と同じくこれも元絵?は二曲一双なのに、抱一の作品は六曲一双に化けているのですよね。(笑) 例の「夏秋草図」は裏屏風だからさすがに引き延ばすわけにはいかなかったでしょうが、抱一さんは六曲一双の方がお好みだったんでしょうか?
 ともあれ、アートディレクターの結城昌子氏も語っていたように、抱一の紅白梅図はとてもスマートで優美で、光琳と比べてどちらが素晴らしいかどうかはさておき私も大好きです。そして「抱一の絵は文様ではない」というのはなるほど鋭い指摘で、光琳の絵が「デザイン」であるのに対し、抱一は理想化しながらも基本は写実ですよね。

  抱一「紅白梅図」白梅
  「紅白梅図」左隻、月光の白梅。ほのかな香りさえ漂ってきそうです。


 そして三番手、抱一の絵では際立って異色の作品として有名な「波図屏風」です。
 以上二点も含めた銀屏風三点の中では最も早い時期の作品と言われており、抱一自身の書状でこれについて語っていると思しきものがあることから、これも光琳の「波濤図屏風」(メトロポリタン所蔵)の写し(というよりはアレンジ)であることが判明しています。殆ど黒変のない見事な総銀地に、極太の雄渾な筆致で墨黒々と豪快に波頭を描き、わずかに白緑でほのかに彩色しただけの、月光に輝く冬の荒海を表わしたようなモノクロームの世界はまた一種独特の迫力で印象的です。
 これについては、アメリカ人の日本画家・アラン・ウエスト氏が金銀一対の屏風を自ら描き「金は華やかで暖かいけれども、銀は渋くて冷たい」と語っていました。そういえば玉蟲先生の『夏秋草図屏風 追憶の銀色』でも各務支考の「金屏はあたたかに銀屏は涼し」という言葉が紹介されていましたが、夏秋草図があるせいか「冬」というイメージは今まで薄かったので、これはちょっと新鮮でしたね。

  抱一「波図屏風」
  「銀の海を渡るもや冬の月」…この屏風も冬の情景でしょうか?


 というわけで、三つの屏風についてそれぞれ触れた後「抱一は何故月光にこだわったのか」として、最後の締めくくりとして登場したのが写真家の石川賢治氏でした。
 石川さんは「銀地=月光」という見方に賛同した上で、夏と秋という二つの季節の移ろいを表現したのではないか、と語っています。まあ当時の絵画にはいわゆる「四季花鳥図」が抱一自身の作品にも多いので、一画面の中に別の時間が同居するのは特別不思議でも珍しくもないのですが、なるほどそういう考え方もあるか、とこれまた少し意表を突かれました。

 ところで、ここではたとそれまで考えたことのなかった事柄に思い当たりました。
 抱一の銀屏風は、まず波図屏風、次が紅白梅図屏風、そして最後?が夏秋草図屏風の順で描かれたと言われています。それは言い換えるなら、最初の波図が完全なモノクロームで、次に紅白梅図でひかえめながら紅梅の赤が入り、そして夏秋草図で一挙に鮮やかな色彩溢れる姿に一変したということなんでしょうか?
 そもそも銀屏風というものは、玉蟲先生他多くの研究者が指摘するように「月の光」を暗示すると言われます。だからなのか、現存する銀屏風も池大雅や与謝蕪村、山口素絢等の作品は大抵があっさりとした水墨画で、抱一以前では「夏秋草図」のような華麗な色彩を使った作例は殆どないようです。(フリア美術館に「月に秋草図屏風」という銀屏風があるそうですが、草葉の緑の他は桔梗の花の青と女郎花の黄色が僅かに見られるだけで、赤系の色はまったくありません)
 もっとも先述の石川さんは、弱い月光でも案外色というものはよく判るものだとおっしゃっていました。まして電気の光などなかった江戸時代の人(抱一)の目には、夜の世界で最も明るい光であっただろう月光の下では、昼間ほどではないにせよある程度の色は見えていたのかもしれません。
 とはいえさすがの抱一さんも、いきなり銀屏風に極彩色の絵を描きはしませんでしたが、一方で彼が得意とした季節折々の花鳥図では目も彩な色の数々がふんだんに使われており、明るく華やかな作品もたくさんあります。そんな抱一さんが、あの「夏秋草図」で冷やかな総銀地の上に嫋々とした憂いを秘めながらも鮮やかな色使いで草花を描いたのには、一体どんな意図があったんでしょうか。確かに表の「風神雷神図」と同じ色彩を敢えて選んだというのもあるでしょうが、昼顔のピンクや藤袴の薄紫はこれには含まれませんし、これはまだまだ謎の多い問題なのかもしれないと改めて感じました。

 ところで最後にもうひとつ、ちょっと疑問に思ったこと。
 以前の「美の巨人たち」でも気になったのですが、今回抱一さんの肖像画として紹介されたのは、何故かまたしても鏑木清方の「抱一上人」でした。
 …何もわざわざそんな後の時代の人の想像だけの絵を使わなくても、ちゃんとご本人を知っていた其一なり抱二なりの肖像画もあるというのに、どうしてあの絵はあんなに人気なんでしょうね?(笑)

追記:
 極上美の饗宴の公式サイトにて、今回取り上げられた「波図屏風」が出張するという、例のメトロポリタン美術館の情報が出ていました。
 それによると、問題の美術展は抱一展ではなく「琳派展」で、会期は何と2012年5月26日~2013年1月12日という長期なのだそうです。それも前期と後期に分れているらしく、抱一の波図が登場するのはどうやら2012年9月12日からの後期の方のようですね。
 それにしても、展示作品75点のうち実に50点がメトロポリタン所蔵の品だそうで、改めて溜息が出ました。メトロポリタンと言えば抱一の「柿図屏風」はもちろん、尾形光琳の「波濤図屏風」「八橋図屏風」や鈴木其一の「朝顔図屏風」などの大作を持っていることで知られていますが、琳派だけでもそんなにたくさん持ってるんですね…
 ところで「波図屏風」は今年春に静嘉堂の特別展「東洋絵画の精華」(4月14日~5月6日)にて久々にお目見えするそうです。東京でもなかなか見られない作品ですので、まだ見たことのない方はぜひどうぞ。

 参考リンク:
  ・極上美の饗宴・酒井抱一
  ・メトロポリタン美術館(Collections より所蔵品検索可)
  ・静嘉堂文庫美術館

 関連過去ログ:
  ・闇はあやなし梅の花
  ・今年は酒井抱一!
  ・銀屏風


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