続・夢の巡り逢い

 2011/02/28(Mon)
 2/26(土)、今まで気になりつつ機会を逸していた三鷹の中近東文化センターへ、企画展「ペルシアの宝物 至高のガラスと銀の世界」(2010/11/27~2011/2/27)を見に行ってきました。

  ペルシアの宝物展


 この企画展示は始めどこかの美術館でポスターを見かけ、縦一列に並んだガラス器や銀器の一番上に例の白瑠璃碗に似たガラス碗があって、おやっと目を引かれました。さらによく見ると、何と展示品の中には岡山オリエント美術館からはるばる出張の品もあるとのこと。これは滅多にお目にかかれないものに会えそうだと喜びつつ、なかなか三鷹まで足を延ばす機会が掴めなくて、ようやく最終日ぎりぎりに駆け込む羽目になりました。まったく、いつもながらこのパターンはどうにかしなければと思うのですが、他の美術展との日程調整もあるだけに難しいです…

 ともあれ、当日は途中電車が一時ストップして思わぬ足止めに遭いつつも、何とか昼過ぎに到着。外観は比較的普通の建物だなと思いながら入ると、何といきなりハンムラビ法典(の複製)がでんと玄関ホールに鎮座していたのに驚き笑ってしまいました。
 今回のお目当てはペルシアですが、見れば窓の外の壁にもイスラム風の鮮やかな青いタイルが貼ってあったりして、なるほどいかにもオリエントの風情です。しかしちょうど企画展では作品解説中だとのことで、まずは急いで展示コーナーに駆け込み、既に半分ほど進んでいた団体様の後にくっついてご一緒させてもらいました。この解説がまた、担当の学芸員さんがとてもお話し上手な方で、後半だけだったのが残念でしたが大変楽しかったです。
 …それにしても、何度か訪れた古墳絡みの展示などでも思ったのですが、あの手の企画展のお客さんはどうして年配の方が多いのでしょうね? ちらっと見渡すと今回も殆どは50代から60代以降の方々ばかりで、考古学というのは専門家以外では若者好みのジャンルではないのかしらなどとつい思ってしまいました。それでもこれがエジプトあたりなら日本でもかなりメジャーなのでしょうが、ペルシアというのは確かにマニア好みかもしれません。うーむ。

 さて解説も一段落し、いよいよ大本命の白瑠璃碗(の兄弟)とご対面です。
 入口からすぐのエリアにあるのをちらっと見たものの、解説を聞こうと急いでいたのでそのまま通り過ぎてしまったのですが、改めて入口に戻って今度はじっくり解説のパネルを拝見しました。ここで当然本家本元?正倉院の白瑠璃碗の写真があり、例の井上靖作『玉碗記』のこともばっちり紹介されていて喜びましたが、その先に目をやってびっくり仰天。何と、ガラスケースの中にはずらりと並んだ器、器、器…「え、これ一体いくつあるの!?」と慌てて数えてみれば、実に13個の白瑠璃碗が一列に勢揃いしていて、しばし呆気に取られてしまいました。
 もちろんこれらのガラス碗は、正倉院のあの美しい器に比べれば風化で見る影もなくぼろぼろに成り果て、ガラスであることすら殆ど判らないような代物です。しかし日本の発掘隊が1958年に初めてイランで発見して以降、現在に至るまで何と数百のガラス碗が日本に持ち込まれているということで、今回私が驚いた13個でさえその中のほんの一部なのでした。ちなみにその1週間前にたまたま池袋で訪れた骨董市でも、同じような白瑠璃碗型のガラス器を置いているお店があってびっくりしたのですが、あの器って案外メジャーなものだったんですね。

 とはいえ、それだけたくさんの出土例(ただしほぼ全てが盗掘品で、学術的な発掘で正確な出土場所を確認できたものはないとのこと)があるにもかかわらず、正倉院の白瑠璃碗ほど保存状態の優れたものはやはり見つかっていないようです。強いて挙げるなら、これも日本の安閑天皇陵出土伝えられる例の東博所蔵のガラス碗が一番近く、あとは少し型違いのものに朝鮮の古墳から出土したもの(これは残念ながら未見)があるくらいでしょうか。しかし遠く離れた日本人にとってはあんなに馴染み深いものなのに、肝心の故郷には本来の姿を留めるものが殆ど残っていないなんて、何だか曜変天目茶碗のようだなとふと思いました。
 ついでながらイランと言っても広いですが、白瑠璃碗の故郷と思われるのは北部地方の、カスピ海沿岸のあたりではないかということです。今まで何となくもっと中央のペルセポリス等を漠然とイメージしていたので、これはちょっと意外でした。名前の通りに殆ど海のような広い広い湖のほとりで生まれ、その後砂漠を越え海を越えて日本へやってきたガラス碗…うーん、ロマンですねえ。


  カットグラス残欠
  常設展示のカットグラス。やっぱり風化してます…


  伝安閑天皇陵出土碗
  参考写真:伝安閑天皇陵出土・ガラス碗(東京国立博物館


 なお第一発見者である学者先生の当時のコメントとして、「骨董屋で白瑠璃碗の兄弟?を発見した時は店の主人に興奮を隠すのに苦労し、さらに持ち帰る時は落としやしないかと冷や汗ものだった」という話があって、ご本人はそれだけこの歴史的大発見に混乱していたのでしょうが、ちょっと笑ってしまいました。同時に地元イランでは当時は大した価値のないものと見なされていた様子も伺えて、やっぱりあの白瑠璃碗は凄いものだったのだなと思います。
 あともうひとつ、これらのガラス碗は、大きく分けて淡い褐色か緑色かのどちらかだそうです。正倉院や安閑天皇陵のガラス碗はどちらも薄い黄色(=淡褐色)ですが、改めて見ると同じ型で淡緑色と思われるものもちらほらありました。(ただしガラスは銀化で変色しているものも多いので、もしかしたら本当は淡褐色だったかもしれません)

 ところでこの中近東文化センター、そもそも三鷹のどの辺なのかも判っていなかったのですが、着いてみてびっくり、深大寺のご近所だったのですね! 深大寺や神代植物公園だったら以前何度か訪れていたのですが、その時は全然気がつかなくて惜しいことをしました。常設展示もなかなかバラエティ豊かな品が揃っていて面白かったので、今度薔薇の季節にでもまたぜひ行きたいです。


・関連ブログ:「夢の巡り逢い


 井上靖『玉碗記』は↓こちらで
  
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(2010/10/13)
円地文子、島村利正 他

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倭の五王の謎へ

 2011/02/24(Thu)
 本日、応神天皇陵(誉田御廟山古墳)の立ち入り調査が天皇陵としては初めて行われたというニュースにびっくり仰天しました。この古墳は例の仁徳天皇陵こと大仙陵古墳に次ぐ日本で第二位の巨大古墳で、残念ながら私はまだ訪れたことはないですが、もちろんとても興味のある古墳の一つです。まあ例によって、葬られた人が本当に応神天皇かどうかは不明ですけれど、大きさから見ても恐らく歴代天皇(大王)の誰かであることはほぼ確実でしょう。

 それにしても、八幡様でお馴染みの応神天皇の陵墓が何故今回「最初の」立ち入り調査を許された天皇陵に選ばれたのかは判りませんが、何にせよ今までの状況を考えれば画期的な第一歩ということになりますね。普通の古墳のような発掘等はまだまだ無理そうですが、天皇陵や陵墓参考地で立ち入りを許可されるところは殆ど皆無だけに、いずれはもっと踏み込んだ調査ができるようになってほしいものです。ことによれば、古代史屈指の謎でもある「倭の五王」に繋がる発見も期待できるかもしれませんし、仁徳天皇陵やその他の巨大古墳についてもぜひ積極的に調査を進めてください!

 さらに今日はもうひとつ、奈良県桜井市の茅原大墓古墳で最古の人物埴輪が見つかった、というニュースも合わせて飛び込んできました。こちらの古墳は近くまでは行ったものの、あれがそうなのかな~という程度しか判らなかったという思い出がありますが(笑)、このところ纏向遺跡周辺の新発見も多いですね。同じく奈良の斉明天皇陵のその後も気になりますし、まだまだ古墳からも目が離せないようです。

 ところで去年は11月にやはり陵墓参考地の男狭穂塚・女狭穂塚古墳を擁する西都原古墳群へも行ってきましたが、今年に入って突然始まった新燃岳の火山活動は相変わらず収まる様子もなく心配です。去年の秋の古墳まつりは予想以上にたくさんの人が集まって大変賑やかだったことが印象的だっただけに、やっと口蹄疫の騒動も収まった矢先に今度は噴火で地元の方々もさぞ大変かと思いますが、皆さん無事で今年の秋もまた楽しくお祭りすることができますように。

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可憐な四季の花と小鳥たち

 2011/02/18(Fri)
 1/27、久しぶりの畠山記念館へ「生誕250年 酒井抱一―琳派の華―」(2011/1/22~3/21)を見に行ってきました。
 この畠山記念館は小さいながらなかなか琳派コレクションの充実した美術館で、特に抱一は旧水野家の「十二ヶ月花鳥図」を所蔵していることから、前から注目していた所でもあります。しかし何しろこぢんまりとした美術館のため、せっかく十二幅揃いの掛け軸なのになかなか一度に見ることができず、大規模な琳派展があるたびに出品してくれないかとじりじりしていました。
 それが今回、前期(1/22~2/17)と後期(2/19~3/21)の半分ずつではありますが、珍しくまとまって見ることができるチャンスにようやく巡り合えるというのですから、抱一ファンとしてはこれは絶対見逃せません。いつもそれほど混むところではないのですけれど、珍しく平日に休暇をいただいたので、早速勇んで行ってきました。
 今年は何と言っても抱一生誕250年記念とあって、十二ヶ月花鳥図のみならず、何と畠山記念館所蔵の抱一作品がすべてお目見えというのですから豪勢です。大きな作品では「富士見業平図屏風」「四季花木図屏風」の二つがあり、その他にも二幅対の「風神雷神図」(後期)など、存在は知っていてもなかなか拝見する機会のないものが多く、朝一番で人もまばらだったのを幸いゆっくりじっくりと堪能してきました。

 さて問題の十二ヶ月花鳥図は、以前に一月と三月のみ見たことがあります。その時も椿の真っ赤な花の鮮やかさや、絶妙なバランスで咲く山桜の気品ある美しさに見とれましたが、今回一月~六月まで揃った姿を改めて見て、保存状態の大変良好なことに感心しました。
 思えばこのシリーズは宮内庁、出光美術館、プライスコレクション(前半後半)、ファインバーグコレクション等色々と見てきましたが、嬉しいことにどれも皆本当にいい状態で現在まで残っています。惜しいことに亀田綾瀬賛のセット?だけは散逸状態ですけれど、それでも細見美術館(桜に小禽図)や山種美術館(飛雪白鷺図)所蔵の各作品もやはり大変綺麗な状態で、畠山のセットも同じであったことを改めて嬉しく思いました。
 それから今回、単眼鏡でまじまじと見ていて初めて気がついたことがひとつあります。
 抱一の十二ヶ月花鳥図は、俵屋宗達から始まる琳派の特徴でもある華麗な四季の草花図の流れを受けたものですが、宗達や尾形光琳の作品には殆ど登場しない小動物たちが数多く見られます。中でも鳥の絵などは、メジロやヒバリなどの小さな鳥たちのつぶらな黒目がちのまなざしが本当に愛らしく、見るたびつい微笑を誘われずにはいられません。しかもよくよく眼を凝らすと、くちばしの根元のぽしゃぽしゃっと生えた数本の毛までも、抱一は丹念に描き込んでいるのですね。(絵が遠いとなかなか肉眼では判らないのです)
 抱一の絵は全体に琳派としては比較的淡白なあっさりとしたタッチのように見えますが、草花はもちろんそうした鳥や虫の姿もひとつひとつ丁寧に描いていて、日頃から彼がそうした対象をよく観察していただろうことが想像されます。恐らくは住まい兼アトリエであった雨華庵の小さな庭先や、よく出入りしていたと伝えられる向島百花園で友人たちとのんびりくつろいでいた折などにも、抱一の周りには彼が描いたささやかな自然が溢れていたのでしょう。自分の身近で同じ時間を生きている小さな命たちへの抱一の愛情がそこには見えてくるようで、緻密に構図を計算し理想化して描いた繊細な美の世界であるのも確かですが、抱一の小鳥たちは見ているこちらも何だか優しい気持ちになれるように思います。

 ところで今回は抱一以外の琳派作品もかなり出ていますが、その中でちょっと驚いたのが、お馴染み本阿弥光悦・俵屋宗達コンビによる「小謡本」でした。
 私が見た時には「高砂」の巻頭が展示されており、銀泥で描いた大きな蔦の葉が下絵となっているのですが、この銀が殆ど焼けもなく実に美しいのです。何しろ宗達作品は江戸初期という古いものですから、出光で見た蓮下絵和歌巻等のように銀泥も黒ずんでしまっているものが多いので、まさかこんなに綺麗に描かれた当時に近い状態を残しているものがあるとは驚きでした。確かに形態は巻物と冊子という違いはあるものの、冊子の方が空気に触れにくく保存に適していたということなんでしょうかね?

 ともあれこの展示、入替で2/19からは後期が始まるので、もう一度見に行かねばなりません。「十二ヶ月花鳥図」(後半)や「風神雷神図」は言うまでもないですが、「賤が屋の夕顔」も鄙びた情景をさらりと描いた風情が好きな作品ですし、鈴木其一の「向日葵図」も実は見たことがないので楽しみです。それに畳の御座敷でお茶をいただきながら、光琳や抱一をゆっくり楽しめるのは何と言ってもここだけの贅沢ですね。


追記:
 余談ですが今回初めて見た「四季花木図屏風」は、桜の木はともかくその下に咲き乱れる草花が抱一にしては何だかごちゃごちゃしているような印象を受けて、ちょっと意外でした。光琳風を学び始めた初期の頃のものなのかとも思いましたが、抱一特有のしなやかに伸びる蔓などの描写がないことや、朝顔の描き方が白い五本の筋の入った普通にリアルなものであるところなどから見て、もしかすると部分的に(あるいは全部)其一に手伝わせたものだったりして…?(笑)

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今年は酒井抱一!

 2011/02/12(Sat)
 昨年末からばたばたしていて、気付けばすっかりご無沙汰してました(苦笑)。というわけで、いよいよ2011年は待ちに待った酒井抱一生誕250周年です! そのトップを切る出光美術館の「琳派芸術 ―光悦・宗達から江戸琳派―」、もちろん早速行ってきました。

 さて今回、前半が俵屋宗達・尾形光琳メインの<煌めく金の世界>、後半が抱一以下江戸琳派による<転生する美の世界>ということで、ひとつで2回美味しいなかなか贅沢な構成です。これは最低でも4回は行かねばなるまいと意気込んで、まずは前半、1/10と2/4の2回に分けて行ってきました。
 前半はその名の通り華やかな金に溢れた作品が多く、とりわけ目を引いたのは今まであまり見た覚えのなかった伝光琳作「紅白梅図屏風」です。お馴染み熱海のMOA美術館所蔵の国宝屏風とはまたちょっと趣の異なる構成で、左に紅梅と白梅が三本、右に白梅が一本というちょっとアンバランスな並びに意表を突かれましたが、やはり豪奢とも言えるダイナミックは確かに光琳の作風かと思わせる華麗なものです。今回ポスターにも使われただけあって、前半の展示品の中でも一際目立った存在感があり、研究者と思しき男性が学芸員さんのお話を熱心に聴いている姿も見受けられました。
 ところで最初の観覧の際、お馴染み光悦・宗達による「蓮下絵百人一首和歌巻」等を見ていて、ちょっと残念だなと思ったのがキャプションに書かれた和歌の説明がないことでした。で、観覧後アンケートに「(くずし字が読み取れないので)できれば和歌の説明も欲しいです」と書いたところ、2回目の時にはちゃんとキャプションがついていて、これは大変嬉しかったです。もちろん光悦の芸術的な達筆は意味が判らなくても充分に美しいし惚れ惚れしますが、せっかくだからどんな歌なのかを理解した上で見たいですよね。

 さて第二弾、後半戦はいよいよ待望の真打ち抱一登場です。
 と言っても、前半にも大好きな「白蓮図」があってこれはこれで大変嬉しかったのですが、出光所蔵の銀屏風「紅白梅図」が何と言っても特に好きな作品のひとつなので、早速初日の2/11に飛んで行きました。
 出光さんは「紅白梅図」の他、珍しい雛屏風の「四季花鳥図屏風」や東博所蔵の「夏秋草図屏風」の下絵など、抱一の銀屏風またはそれに関係する作品を特に多く所蔵していますが、今回のようにそれを一度に見ることのできるのはなかなか貴重な機会です。中でも「紅白梅図」は冴え冴えとした銀地に描かれたほっそりとした紅白の梅の姿が何とも瀟洒で、名前は同じでも光琳作とはまるで違う艶で静謐な風情が何度見ても飽きず、「夏秋草図」の次に思い入れの深い作品ですね。
 なおこの「紅白梅図」も「夏秋草図」同様に何かの裏屏風だったというのは抱一ファンならご存知でしょうが、一体どんな屏風が表にあったのか、残念ながら今のところ判っていません。ただ恐らくはやはり華やかな金屏風であったことは間違いないでしょうけれど、抱一さんのところですから、きっとかなり意表を突かれるような取り合わせだったのでしょうね。

 ところで今回、抱一の一番弟子こと鈴木其一の作品もかなり出ていましたが、「秋草図屏風」はまだ抱一の影響色濃い頃と思われる繊細な構図ながら、銀地がすっかり焼けて黒ずんでしまっているのが残念でした。以前にも少し触れましたが、抱一の銀屏風は何故か殆ど変色がなく美しい銀色のままで、昔から不思議で仕方がありません。現代ならプラチナ箔という方法もありますけれど、抱一さんは一体どんな処理をしていたんでしょうね?
 なお今回、図録にも「抱一と銀」と題した論文が掲載されていました。このテーマは特に玉蟲敏子氏の「夏秋草図屏風 追憶の銀色」で詳細な考察がされており、今回の論文も大体同じように「銀地=月光」の暗示であることや、与謝蕪村等同時代の他の画家による銀屏風の例が紹介されています。しかしそれらは皆モノクロームの水墨画で、抱一のように鮮やかな濃彩ではありません。考えてみれば、銀屏風が月の光であるなら確かにモノクロの方が現実の景色に忠実な描き方であるはずですし、もちろん抱一とてそれはよく承知していたと思うのですが(現に静嘉堂の「波濤図屏風」は殆ど水墨のみですし)、にもかかわらず何故彼は「夏秋草図」や「紅白梅図」のような華麗とも言える銀屏風を(それも裏屏風に)描いたのでしょうか。

 とはいえ、一見判りやすいようで実はそんな風に奥深く謎の尽きない絵師である所もまた、抱一の魅力のひとつなのかもしれません。しかし展示の解説に、「名門大名家出身の粋な若旦那だった抱一はさぞ女性にもてただろう」とあったのにはつい笑ってしまいました。今回の会場を見ていても、実に熱心に作品に見入っている女性ファンは私以外にも結構ちらほらいらしたようで、現代でも抱一さんは女性に大人気なんですね。(何しろ先日発売の別冊太陽も、研究者4人の内3人が女性ですし。笑)



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 ところで2/11は連休初日にも関わらず、東京では珍しい吹雪のせいか夕方の美術館はがらがらでした。(笑) おかげでこちらは大変ゆったり作品を楽しむ事が出来まして、特に最後の30分ほどは紅白梅図の前にべったり貼りつき状態、殆ど他のお客もいない中心行くまで一人占めの贅沢な時間を堪能させていただいて、そりゃあ幸せでした。最後まで快く?観覧させて下さった美術館スタッフの皆様、ありがとうございました。会期中に最低でもあと1回は見に行きますので、よろしくお願いします!


 関連過去ログ
   ・哀しいほど美しい
   ・月明かりの草花
   ・夏の雨、秋の風
   ・若冲と抱一
   ・大琳派展 継承と変奏(7) 余白と移ろいの美
   ・大琳派展 継承と変奏(5) 十二ヶ月変奏曲
   ・大琳派展 継承と変奏(4) 見えぬものこそ
   ・大琳派展 継承と変奏(3) 風神の風
   ・大琳派展 継承と変奏(2) 講演会覚書
   ・大琳派展 継承と変奏(1)
   ・幸せな人か、それとも
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