港町の洋館たち メリークリスマスインヨコハマ編

 2010/12/26(Sun)
 12月11日(土)、友人を誘って珍しく(笑)横浜の洋館巡りに行ってきました。
 元々横浜や神戸の洋館については、自分が函館出身ということもあって逆にあまり珍しさを感じなかったため、これまでそれほど興味は持っていませんでした。けれども考えてみると、函館には公会堂等はともかく個人の邸宅で純洋風建築というのはあまり憶えがありません。(注・函館は1階和風・2階洋風のいわゆる和洋折衷住宅が主流で、しかも外観は洋風でも中身は純和風だったりするのです。笑)
 その後東京の旧岩崎邸や古河邸を見る機会があり、その時初めて個人の邸宅(それも超豪邸)であった洋館を見て、ちょっと驚いたものです。これは随分違うなと感じ、他の洋館も見てみたいなと何となく思っていたのですが、少し前に美の壺スペシャルで取り上げられたこともあり、それじゃあ横浜へ行ってみようかとなったのでした。

 というわけで、現在横浜市が所有し一般公開されている、以下7軒を巡ってきました。


  横浜・ブラフ18番館
  ブラフ18番館。元は司祭様の住宅。
  シンプルな外観のコロニアルスタイルで、内装は白い壁に淡い緑の縁取りが爽やか。


  横浜・外交官の家
  外交官の家。元は東京・渋谷にあった建物を移築。
  チョコレートケーキのようなお洒落な外観に対し、内装はダークブラウン調で渋め。


  横浜・ベーリックホール
  ベーリックホール。英国人貿易商の邸宅で、近年修理したばかり。
  スパニッシュスタイルの大邸宅で、階段の手摺や2階の小窓など細部も素敵。


  横浜・エリスマン邸
  エリスマン邸。スイス人貿易商の邸宅。
  シンプルな木造2階建てで、派手さには欠けるけれど落ち着いた雰囲気。


  横浜・山手234番館
  山手234番館。日本人設計の西洋人向けアパート。
  3LDKの4軒からなり、山手7館の中ではちょっと地味目。


  横浜・イギリス館
  横浜市イギリス館。元イギリス総領事公邸。
  入り口側はシンプルですが、裏の庭園から見上げる角度が一番綺麗。


  横浜・山手111番館
  山手111番館。スパニッシュスタイルのこぢんまりした邸宅。
  吹き抜けの玄関やダイニングがどっしりと重厚な雰囲気で、半地下?の喫茶もお勧め。


 ところで今回、あまり予備知識もなく出かけていったらやけに人が多くて驚きました。一体何だろうと思ったら、ちょうどクリスマスに合わせて邸内に素敵な飾りつけをしていたのです。どの邸宅もゆかりのある国をテーマに趣向を凝らしたツリーやテーブルウェアで一段と華やかに装われており、おかげで予定以上に写真撮影に追われてくたくたでしたが、一足早く素敵なクリスマスを楽しませてもらいました。ちなみにその際、12/25にNHKの「小さな旅」でも放送されるという情報を聞いていたので、もちろんばっちり録画しましたよ。(^^)


  横浜・ブラフ18番館のダイニング(ベルギー)
  ブラフ18番館ダイニング ブルーが基調の「水の帝国」(ベルギー)


  横浜・外交官の家 お菓子の家(ドイツ)
  外交官の家書斎 素朴でかわいいお菓子の家(ドイツ)


  横浜・ベーリックホール クリスマスの花嫁
  ベーリックホールダイニング ロマンチックなクリスマスの花嫁(フィンランド)


 ともあれ今回はもっぱらクリスマスのディスプレイの撮影が中心となってしまい、建物自体の観察があまりできなかったので、そのうちまた観光客の少なそうな時期を狙って行ってみようと思います。特に山手111番館は2階部分に上がれなかったのが心残りなので、いつか見せてもらえるといいんですけどねえ。

参考リンク:横浜市緑の協会西洋館マップ

  
横浜洋館散歩 山手とベイエリアを訪ねて横浜洋館散歩
山手とベイエリアを訪ねて

(2005/02)


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天皇陵というもの

 2010/12/09(Thu)
 しばらく前、斉明天皇陵について宮内庁指定の古墳とは別の古墳が真の陵墓である可能性が高いと報じられましたが、本日再び、今度はすぐ側に斉明帝の孫娘・大田皇女のものらしき古墳が発見されたとのニュースに二度驚きました。大田皇女といえば、斉明帝の孫というより悲運の死を遂げた大津皇子の母と言った方が判りやすいかと思うのですが、自身も若くして亡くなった彼女のお墓が今まで未発見だったとは知らず、これまたびっくりです。大田の妹である持統女帝と、大田・持統姉妹の夫である天武天皇のお墓はあの時代には珍しく正真正銘間違いなしの天皇陵として明日香村にあり、私も何度か訪れたことがありますが、天武・持統の二人どちらとも縁の深い人物でありながら、大田のお墓は随分離れた所にあったのですね。

 それにしても、毎度おなじみ宮内庁は例によって今度も「指定を変えるつもりはない」の一点張りだそうで、相変わらずこの問題についてはまったく譲る気配はなさそうです。学者先生の中にも「指定されたら調査できなくなるのでそのままで構わない」と正直におっしゃる方がいらっしゃるようで(笑)、これに関してはまったくもって同感ですが、それにしてもどうしてここまで頑固なのでしょうね? 聞くところによれば、「(別な墓であっても)一度陵墓として指定されお祀りされれば、そこに天皇の御霊がお移りになるので問題ない」ということらしいのですが…21世紀にもなって本気で(?)こんな発言をする人たちがいまだにいるなんて、それこそ信じられない話です。大体、百歩譲ってそれがありだとしたら、そもそも最初そこに葬られたはずの本来のお墓の主は一体どうなるんですか、ねえ!?

 ともあれ、前から有名な今城塚古墳と今回の牽牛子塚古墳は、ほぼ間違いなく真の天皇陵であると判った上で何の障害もなく調査のできる貴重な例なので、今後もどんな新発見が飛び出すかますます楽しみです。最近ますます邪馬台国論争の激しい箸墓古墳も、同じように調査できればきっと色々貴重な発見があるのでしょうが、こちらはまだ当分周辺の纏向遺跡の発掘に期待するしかなさそうですねえ…残念。

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