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お猫様の秘密

 2009/10/27(Tue)
 前回の「古代ローマ帝国の遺産」展の後、24日(土)午後は明治神宮文化館宝物展示室の「特別展菱田春草」(2009/10/03-11/29,前期は10/29まで)へ行ってきました。
 神社大好きな千尋ですが、明治神宮はもう随分前に行ったきり長らくご無沙汰で、久しぶりに訪れたはいいけれども「…こんな所だったっけ?」という有様。とはいえ幸い参道は(当然ながら)一本道、鳥居をくぐった後は迷うこともなく会場の文化館へ無事辿りつきました。

  菱田春草展1

 菱田春草といえば私も大好きな日本画家の一人ですが、考えてみると有名な「黒き猫」や、琳派展で見た「落葉」等の限られた作品以外はあまりよく知らなかったのです。加えて神宮での展示ということから、点数もそう多くないだろうと気楽な気持ちで出向いたのですが、いざ入ってみてその質の高さはもちろん、出品先の幅広さにも驚かされました。東博や芸大はまあともかくとして、遠山記念館、長野県立信濃美術館、水野美術館、富山県立美術館等々、遠くてなかなか行けないような所から春草ばかりあれだけ集まって展示される機会はちょっとないんじゃないでしょうか。これは本当に予想外の嬉しい驚きで、軽く短時間で流すつもりがもう夢中で張り付いてしまいました。特に「武蔵野」はちょっと珍しい遠近感の強い構図に対して、手前のススキの描写がどこか酒井抱一の「夏秋草図」とも似通った感じを受けていいなと思いましたし、「雨後筏図」「躑躅図」「田家の烟」「海辺の松林」「雪中松」などの縦長の掛け軸絵も、間の取り方が一種独特で面白かったです。全体にごく淡いさらりとした筆致で、それでいて未完の屏風絵「落葉」の葉の描写などはどきりとするようなリアルさと何とも言えない品格の高さも感じさせる、他にない不思議な魅力を持った画家だなと感じて改めて大好きになりました。

 ところで今回、会場内に春草のご子息春夫氏による「父・春草の思い出」と題した短い文が紹介されていました。それによると、何と春草は「黒き猫」を始め今回の出品でもいくつも猫の絵を描いていながら、当のご本人は意外にも「猫はじぶんでもあまり好きではないといっておりました」のだそうです。ところがその後が傑作でして、ここから先は原文をちょっとそのまま引用させていただきましょう。

「絵にするのは興味があったとみえまして、美校在学中も、新案として描いた猫もあり、徽宗皇帝の猫を模写したものもあり、その後もたびたび描いております。(中略) この黒猫(「黒き猫」)の時も、特別の写生はいたしませんでしたが、近所の焼いも屋に大きな黒猫のおりましたのを借りてきて、見入っておりました」

 これを読んだ瞬間、大変失礼ながら私、静かな会場で危うく吹き出すところでした。だってだって、あの春草の代表作としてあまりにも有名な「黒き猫」のあの猫が、何と焼いも屋の猫だっていうんですよ!?(爆笑) あの得も言われぬ気品漂う、一体どこのやんごとないお猫様かと思うような美しい猫が、よりにもよって焼いも屋の猫…!!(抱腹絶倒)
 …で、さらに春夫氏によりますと「借りてきても借りてきても、逃げていくのには弱りましたものです」だそうで、しかもとどめの落ちに「借りに行く役はいつも私でした」と付け加えられたのには今度こそ笑ってしまいました。いやはや何とも、舞台裏を知る身内にかかると大画家の名作も形無しというか、夢が壊れたとは言いませんがこのギャップの激しさのショックはちょっとしばらく忘れられそうにありません。その「黒き猫」はあいにく今回出展はありませんけれど、次にどこかで会った時には絶対また思い出して絵の前で笑ってしまいそうです…


   焼いも屋のにゃんこ様(笑)
   焼いも屋のにゃんこ様(笑)

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黄金時代の記憶

 2009/10/24(Sat)
ローマ帝国の遺産

 10/24(土)、国立西洋美術館の「古代ローマの遺産 栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ」展へ行ってきました。
 折しも上野は絶好調大人気の東博「皇室の名宝展」や、この日から始まった東京都美術館の「冷泉家展」も加わり、狙い通り観客もやや分散傾向となったようです。おかげで朝一番の西洋美術館は比較的空いていて、静かな落ち着いた環境で各作品を見ることができました。

 さて肝心の展示はやはり何といってもずらりと並んだ彫像が素晴らしく、元々が「稀なる美男」と絶賛されたアウグストゥスの威厳ある姿はもちろん、皇帝一家の愛らしい子どもたちの姿も微笑ましく魅力的でした。中でも、一際美しいと思ったのは上の写真の看板やチラシにも大きく取り上げられた「豹を抱くディオニュソス」です。酒の神様にしては実に若々しく端正な美少年の姿で表わされた彫刻で、惜しいことに膝から下は欠損しているようですが、これがギリシア・ローマ神話の美青年神代表ともいえるアポロン神よりもよほど美しいのですよ。(笑) どの角度から見ても文句なしに整った顔立ちの瑞々しさはちょっと少女めいた印象さえ受けるほどで、会場内を往復する中で何度もこの像の前に立ち止まってしみじみと見とれました。ちょっとその辺りの庭にでも置いておけそうな小ぶりの彫像ですが、あれだったらイングリッシュガーデンの一角にでも据えたら実に絵になりそうですね。

 また彫刻以外では、大丸東京のカルタゴ展でも登場したローマ金貨や華麗なアクセサリーもずらりと並び、やはりこういうコーナーは皆さん特に展示ケースに張り付くように眺めていました。(笑) かくいう私もその一人ですが、ローマのネックレスや指輪はカルタゴのエキゾチックなモチーフをふんだんに盛り込んだものとは随分異なり、デザインとしては比較的シンプルなのがまた洗練された印象で、ネックレスに使われた見事な濃緑色のエメラルドは実に美しかったです。他にも竿秤や金のランプ、贅沢な銀食器のセットに洒落たインテリアの数々など、2000年も昔のローマの人々の豊かな暮らしを伺わせる品が盛りだくさんで、後々まで帝国の黄金時代と言われたのもさもありなんと思わせられました。(そんな中、中身が入ったままのガラスの骨壷(!)があったのにはちょっと驚きましたが…)

 ところで今回、展示コースは普段と少々異なり、いつもなら途中で地下へ誘導されるのが今回はまずぐるりと1階の展示を回った後の最後が地下でした。はてさて何が来るのだろうと思いつつ階段を下りてみると、何とポンペイの遺跡からそっくり剥がしてきた巨大な壁画がどーんと展示されていたのにびっくり。通称「黄金の腕輪の家」にあったという居間と噴水の壁画をそっくり引っぺがしてしまったというのも驚きでしたが、巨大な居間のフレスコ画もさることながら、噴水のモザイクの美しいこと、二畳足らずくらいの小さな空間の壁にびっしりとガラスのモザイクと本物の貝殻を華麗に散りばめている様子は、何だかちょっと贅沢な一人用のお風呂のようにも見えます。(もっとも古代ローマ人にとってのお風呂は例の広い共同浴場ですから、そんな発想はなかったでしょうが) しかも1階に戻った最後のコーナーで紹介されていたCGがまた凄く、この「黄金の腕輪の家」が実際にどんな様子だったかを見事に再現してくれていて、実物を見た後で映像を見るとまた感激もひとしおでした。暖かい南イタリアならではでしょうか、海を望む斜面に庭や葡萄棚まであるオープンテラス風の居間と噴水つきの食堂は、小さいながらも貴族の別荘か何かのようで、映像で見ると本当に居心地よさそうな素敵な感じだったのです。今ポンペイの遺跡に行ってもあれらを剥がした後の壁しか残っていないなんてまったくもったいない話で(保存上やむをえない処置だったのでしょうが)、もし現在あんな感じのヴィラがあればちょっと泊まってみたいですよ!

 …しかしそれにしてもまあまあまあ、今回は会場のさりげない演出もちょっとお洒落に凝った雰囲気でしたが、そんなものなどなくともこれだけ大物を揃えた内容ならば下手な演出等なくても変わりないくらいに迫力の特別展でした。あいにくこの日はさらに根津・明治神宮・東博と過密スケジュールが控えていたので、重いカタログを購入するのは断念しましたが、カタログとセット販売していた「黄金の腕輪の家」を含むCGのDVDは大変心引かれたので、目下買おうかどうか悩み中です…

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典雅なる花鳥

 2009/10/23(Fri)
 少し前に知ったのですが、今年の2月から9月にかけて、朝日新聞で連載していた小説「麗しき花実」に、何と酒井抱一が登場していました。と言っても、ご本人の出番は実は殆どなくて、むしろ弟子の鈴木其一の方がよく出てくる重要な役どころなのですが、主人公が原羊遊斎の弟子の女性(!)という設定もなかなかマニアックで、目下図書館に通ってせっせとバックナンバーを読んでいます。だって単行本が出るまでまだしばらくかかるでしょうし、それまで待ち切れなかったんですよ…
 ともあれ、知っているあの作品とかあの作品とかが時折ちらほら出てくるのに喜んだり、代作に関する鋭い追及にうーんと唸ったりしつつ、今日やっと7月末まで辿りつきました。そして何やらまた急展開になりそうですが、果たして「夏秋草図」の本物も登場してくれるのかどうか、もうしばらくどきどきさせられる日が続きそうです。

 で、単行本が出ていない代わりと言ってはなんですが、最近本屋で見かけた抱一さん。
  
西鶴新解―色恋と武道の世界西鶴新解
色恋と武道の世界

(2009/02)
広嶋 進

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 一口に江戸時代といっても、井原西鶴は酒井抱一より100年以上昔の人ですが、こういう構図を表紙に持ってくるのは珍しかったので拾ってきてみました。

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超絶技巧な工芸の世界

 2009/10/22(Thu)
皇室の名宝展・第一期

 10月18日(日)、東博の「皇室の名宝展(第一期)」(2009/10/06-11/03)へ行ってきました。
 今回は10年前の御即位10年記念展以来久しぶりで拝見する作品も多く、とりわけ大好きな酒井抱一の「花鳥十二ヶ月図」は一番の楽しみでしたが、少し遅れて9時40分に到着した時には既に平成館の池の手前まで大行列…阿修羅の時ほどではなかったようですが、とはいえ少々読みが甘かったです。とほほ。

 ともあれ、いざ入場すると前半の絵画エリアは早くも大混雑とのことで、後半の工芸品エリアへと足を向けました。例によってこちらも十年前やその後の美術展で見たことのある作品がちらほらありましたが、皇室所蔵とあって普段はあまりよく判らない工芸品も素晴らしい一級品揃いで、いやもう圧巻という他ありません。高村光雲の可愛らしくもリアルな鶏、旭玉山の十二単姿も素晴らしい象牙細工の官女、他にも蘭陵王や萬歳楽など、いずれも精緻を極めた細工の見事さにただただ溜息しか出ませんでした。しかもさすが皇室所蔵というべきか、何だかどれを見てもとても上品な作品ばかり揃っている感じで、感心しながらも何だかちょっとおかしかったです。
 さて、その工芸エリアの中でも一際強烈に印象に残ったのは、名工・濤川惣助の「七宝月夜深林図額」でした。一見したところはモノクロトーンのむしろ渋めの作品で、最初遠目で「あ、好みの水墨画がある」と思って近づいたら、「え、これ七宝!?」とびっくり仰天。そういえば7/4放送の「美の巨人たち」で彼の代表作「迎賓館花鳥図」をを取り上げた際、あの作品も紹介されていましたが、本当に間近で実物を見ても七宝だとはとても思えないんですよ。その迎賓館は先日晴れて国宝に認定されたばかりですが、あの花鳥の間もぜひ一度見てみたいです。
 
 というわけで、前半だけでも圧倒され続けて早くも気疲れしつつ、ようやくお待ちかねの絵画エリアへ移動しましたが、こちらはこちらで負けず劣らずの名作揃いでした。何だかやっぱり(珍しく)上品な(笑)海北友松、永徳・常信の狩野派合作唐獅子等々も素晴らしかったですが、若冲の三十幅一挙お目見えはただでさえあの鮮やかな色彩に加えて量が量だけに、大分くたびれてきていた目には正直ちょっときつかったです。(苦笑) おかげで次の部屋で念願の抱一さんにやっと辿りついた時はほっとしましたが、若冲人気に押されているかと思ったらなかなかどうしてこちらも結構な人気だったようで、後で絵葉書を買いに行ったら1~6月分が品切れでした。(笑) 嬉しいような残念なようなちょっと複雑な気分でしたが、幸い同じ絵柄の卓上カレンダーがあったので、もちろん喜んで買いました。
 ともあれ、あの花鳥十二ヶ月図のシリーズは出光所蔵の屏風を始め色々と見ていますが、中でもあの宮内庁本は何度見ても、一際すっきりと典雅な美しさに本当に惚れ惚れします。去年の大琳派展で里帰りしたファインバーグ本も非常に保存状態良好で素晴らしいものでしたが、あちらはところどころにちょっと其一っぽさが見えるような気がしたけれど、宮内庁本は無駄のない構図やしなやかな線の流れ等に抱一の真骨頂が如何なく発揮されていて、あれが基準作とされるというのが改めてよく判った気がしました。多分あのシリーズも工房作品としてかなり代作もさせたのでしょうが(苦笑)、あれは十二幅全部ご本人が手がけたものであってほしいですね。

 それから、今回は何故だか孔雀をモチーフにした絵画も多かったですが、中でも度肝を抜かれたのが荒木寛畝の作品です。抱一と同じ部屋にあった応挙の孔雀もとても美しかったですが、荒木寛畝の孔雀は西洋風の立体的な技巧を取り入れつつ、華麗な尾羽の細い筋の一本一本に細かく生える毛までも細密に描いていて、肉眼で見ても凄いですが単眼鏡で覗いてさらに仰天、その緻密さにこれまた気が遠くなりそうでした。かの有名なデューラーのウサギといい勝負なんじゃないかというような凄まじいばかりの描写で、少なくとも私が今まで見た孔雀の絵の中では、文句なしにあれが一番凄かったです。(なおこの荒木寛畝、後で調べたら何と例の「迎賓館花鳥図」作成の候補に並河靖之と共に挙がっていた人だったのですね)

 あ、もうひとつ忘れていましたが、最後に今回やっと念願叶って実物と対面できたのが上村松園の「雪月花」でした。松園作の平安時代風女性図というのはあまり多くなく、中でもあの三幅対は伊勢・源氏・枕と揃った由緒正しい平安時代の画題なので、長いこと憧れの作品だったのです。何と二十年がかりで描いたというのは今回初めて知りましたが、華やかな十二単の衣装と豊かに流れる黒髪、そしてそれをほんのりと透かす薄絹の裳が何とも美しくて、これまた溜息でした。抱一と孔雀とあの松園はできればあともう一度見に行きたいと思っているのですが、会期中に時間取れるかなあ…?

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地中海の女王と呼ばれた国

 2009/10/08(Thu)
  カルタゴとローマ

 前回もちらっと触れましたが、3日(土)に東京大丸ミュージアムで始まったばかりの「古代カルタゴとローマ展」(10/3-10/25)へ行ってきました。カルタゴと言えば、塩野七生読者には「ローマ人の物語」第2巻でおなじみハンニバルの国ということで、一体どんな内容だろうとわくわくながら待っていた美術展です。国立西洋美術館の「古代ローマ帝国の遺産」とどっちを先にしようか悩んだものの、この日は朝一番で行くのは無理だったので、遅くまで開館している大丸の方を優先。結果は大当たり、6時過ぎともなるとお客も大分まばらで、おかげでとても静かなゆったりとした状況で観覧することができました。

 ところで、今回見に行くまでカルタゴってどんな国かというイメージは実はそれほど具体的にはなかったのですが、展示品を見るとギリシャやエジプトやローマから来たものやその影響を受けたものがとても多く、何とも国際色豊かな様子にちょっと驚かされました。ネックレスなどにもエジプトのウジャト(魔除けの目)やスカラベが使われているかと思えば、その先にはパルテノンの彫刻を思わせる見事なヴィーナスの彫像が優雅に佇み、さらにもっと時代が下るとビザンチンの豪華な特大モザイク画が登場するという具合で、ポエニ戦争で一度滅んだものの、その後新たに復興してからも長い歴史のあった国だったのがよく判ります。写真パネルで紹介された今のチュニジアに残る遺跡も見事なもので、ローマ以前の古いカルタゴの面影こそあまりないものの、最盛期にはさぞかし豊かに栄えた国だったのでしょうね。
 ところで展示の方ですが、輸入品や外国の影響を受けたものだけでなく、もちろんカルタゴ独自の宗教由来のものもありました。特に繰り返し出てくる女神タニトのシンボルはとりわけ目を引きましたが、華やかな金の装飾品や見事なコインを作った国にしては意外なくらい素朴と言うかシンプルなマークなのが面白かったです。大丸ミュージアムは広さとしてはむしろこぢんまりした会場ですけれど、なかなかどうして盛りだくさんの大変贅沢な内容で、予想以上に大満足でした。

 それにしても、カルタゴのアクセサリーはどれも実に華やかで美しく、中でも精緻な金細工や鮮やかな紅玉髄等を組み合わせたネックレスは一際豪華で綺麗でした。大粒のダイヤやルビーやエメラルド等を使った後世の装飾品も綺麗だと思うし目を引かれますが、ああいう古代のちょっと素朴な味わいのあるアクセサリーも、カッティングした宝石とはまた違う独特の魅力がありますよね。今回グッズは買わなかったのですが、あんな感じのストラップかブレスレットがあればぜひひとつ欲しかったです。

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意外な二人の意外な関係

 2009/10/05(Mon)
 先週3日(土)、板橋区立美術館の「英一蝶展」、宮内庁三の丸尚蔵館の「両陛下 思い出と絆の品々II」、そして東京大丸ミュージアムの「古代カルタゴとローマ展」を回ってきました。どれも比較的小規模ながら非常に面白く見応えのある内容でしたが、今日はその途中で遭遇したびっくりのお話など。

 三の丸尚蔵館はその名の通り皇居内にありますが、展示を見終わった後大手門を出てさてこの後どうやって東京駅まで行こうかと思っていた時、道路案内のひとつがふと目につきました。

 「将門公首塚 この先800m」

 おお、そういえばこの近くだったっけ!とそこで思い出し、大分長らくご無沙汰していることだし久しぶりにご挨拶に行こうか、というわけで、ちょっと寄り道することにしたのです。首塚と言えばあのGHQも逃げ出した?という、その道ではすこぶる有名なオカルトスポットですが、千尋は一時つくばに住んでいたこともあって、将門公には結構親しみを感じていたりするのでした。
 で、久しぶりに訪れた首塚は相変わらず、ビルの谷間とも思えない鬱蒼とした木々に囲まれやっぱりちょっと怪しい雰囲気でした。ともあれまずは墓前?にお参りして丁重にご挨拶、いつ来ても綺麗にお手入れされているのに感心しつつ、帰り道でふと案内板に目をやったその時、思いがけないものが目に飛び込んできたのです。


  酒井家上屋敷跡


 え、酒井雅楽頭って、まさか酒井抱一の実家のあの酒井家!?とびっくり仰天、境内では恐れ多いから写真は撮らないつもりだったのに、これだけはつい撮影してしまいました。(笑) そして帰宅後調べてみたところ、まさしく抱一さんのあの酒井家のことだったのです。何でも酒井家がこの地に屋敷を構えたのは上野厩橋(今の群馬県前橋)藩主だった大老酒井忠清の時で、その後当主が傍系に移り、さらに播磨姫路藩主となった後も、酒井家は屋敷内の中庭(!)にあった将門公の首塚を代々丁重に供養していたらしいのですね。
 ちなみに「もっと知りたい酒井抱一」によれば、抱一さんの時代の酒井家上屋敷は現在のりそなマルハビル(大手門正面、首塚のすぐ近所)の位置となっていますが、何せ大老のお屋敷ですから、首塚も含むあの辺り一帯にさぞかし広大な敷地を占めていただろうことは容易に想像できます。(またネットで調べたところ、首塚を含む三井物産・三井生命とUFJ銀行のあたりという情報もありました) ということは抱一さんもご幼少のみぎりには、お家の中(!)に祀られた将門公の首塚を毎日のように目にしていたのかもしれませんねえ…

 それにしても、一度江戸の抱一さんゆかりの地巡りもやってみたいなと思っていましたし、大手門近くに酒井家の屋敷があるというのも以前ちらっと地図で見てはいたのですが、将門公と酒井抱一という意外な取り合わせにはさすがに驚きました。というわけで、いずれまた近いうちにお伺いすることになりそうですが、お二方ともどうぞよろしくお願いいたします。


  首塚遠景

  お墓を間近から撮影するのは恐れ多いので、道路の向かいから。
  しかしこうしてみると、あんな超一等地にこんな一角があるというのはやっぱりちょっと不思議です…

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