旅立ちの衣装

 2009/05/27(Wed)
 今日面白そうな論文を見つけて読んでいたら、ちょっと気になる文に遭遇しました。
 平安時代の「左経記」という公家日記(作者:源経頼)があるのですが、その中に後一条天皇の崩御の際の話として、「天皇の亡骸を棺に入れるための薄物薄色(多分薄紫)の御直衣と白生絹(すずし)の単重ね、袴、冠等を調えた」というくだりがあるのだそうです。へえ、天皇が亡くなった時ってそんなものを着せるのかと思ったのですが、ここであれ?と思いました。

 そもそもあの時代、いわゆる「死装束」ってどういうものだったんでしょう?

 実を言うと今まで考えてもみなかったことで、源氏物語でも葬式、特に火葬の場面は何度かありますが(桐壺更衣、葵の上、藤壺、紫の上等)、喪服の描写は好んだ(笑)紫式部もさすがに死装束の描写なんて縁起が悪いと思ったのか、作中には全然出てこないのです。かろうじて浮舟のところで「御座ども、気近う使ひたまひし御調度ども、皆ながら脱ぎ置きたまへる御衾などやうのものを取り入れて」という文があり、また栄花物語にも調度を一緒に入れたという描写があるらしいので、形見の品を一緒に葬る風習があったものと思われますが、肝心のご本人の衣装についてはやっぱり何も書いてませんでした…残念。
 なお浮舟については後日、薫が一周忌の法要のために華やかな女装束を調えさせたという記述があります。多分それを供養して死者の成仏を祈ったのでしょうが、それを見て実は生きていた浮舟本人が複雑な気持ちを抱いているというのは悲しくもどこか滑稽な場面ですね。

 それにしても、繰り返しますが源氏物語は遺族の喪服姿については随分書いているだけに、肝心の亡くなった本人が何を着せられたのか判らないというのはどうにも気になります。現代の死装束といえば通常は真っ白な経帷子ですけれど、平安時代の白装束はむしろ神事かお産の時のものですし(まあ一歩間違えば死に繋がりかねない重大事ではありましたが)、かと言って死んだ本人が喪服というわけもないでしょうし、考えれば考えるほどますます見当つきませんね(それとも高貴な人たちは、お葬式でも高価で華やかな衣装を纏って火葬されたんでしょうか?)。
 とまあ、そんなことを考えつつさらに調べていたら、「日本喪服史」という本で死装束についても書いているらしいことがわかりました。しかも嬉しいことに近くの図書館で所蔵しているので、調査結果はまた後日書きたいと思います。(…しかし本当に縁起でもない。^^;)

おまけ:

  藤の衣

 たまには男性も、というわけで?今回は風俗博物館にて現在(2009年前半)展示中の「藤袴」より、祖母大宮の喪に服する夕霧と玉鬘。
 亡き人にとりわけ可愛がられた夕霧は濃い喪服で深い哀悼の意を示し、いつもは垂らしている冠の纓を巻き上げた姿がちょっと珍しいです。一方の玉鬘はもう少し薄い鈍色(にびいろ)ですが、この御簾の透け具合が何ともいえず素敵でした。

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永遠の都の天使たち

 2009/05/26(Tue)
  

 24日(日)、映画「天使と悪魔」の丸の内スタンプラリーに行ってきました。
 映画は一応原作も読んでいて前から気にかけていたのですが、ちょっと前に丸善へ出かけた時巨大な「四大河の噴水」のレプリカに遭遇して驚いたものの、何だか派手な宣伝やってるなあと遠目で見ただけで、まさかスタンプラリーの一環だとは思わなかったのです。それが最終日前日(!)になって、Takさんがブログでお知らせしてくださったおかげでイベントの内容を知り、慌てて飛んで行きました。Takさんありがとうございました!

 さて、そもそも千尋が「天使と悪魔」にこだわった理由ですが、はっきり言って作品のファンだからというより以前に「ベルニーニマニア」だからです(笑)。いや原作もそれなりに面白かったですが、話を読んでいてキーワードがベルニーニと☆☆☆(一応伏字)だと述べられた瞬間、問答無用で聖女テレサと○○○橋(注・リンク先はウィキペディアのネタバレです)はすぐに判ってしまったくらいにはベルニーニのファンなので(大体橋は一番好きな作品なのだから、あれが判らなかったらかなり情けない。笑)、いつかローマへ行ったら絶対ベルニーニ巡りをしてやるんだ!と固く決心しているのでした。何しろ物が彫刻故仕方ないのですが、ああいうその場から動かせない作品ばかりでこちらから出かけるしかない芸術家というのもなかなかファン泣かせです…(だから余計日本での知名度は低いんでしょうけれど)

 ともあれ、聖○○○や聖女テレサ、ハバククと天使等々、特にベルニーニの天使は初めて見た時から大好きです。バロック特有のややゴテゴテな衣の質感や、どこか官能的でさえある瑞々しい天使の姿がそれはもう大変好みでして、今回のラリーもスタンプより四方八方からの写真撮影に熱中しまくってきました。写真ではなかなか作品の大きさが実感できないので、ああして見ると意外に大きいことがよく判ってとても面白かったですね。


  

 代表作「聖女テレサの法悦」。何とも官能的な作品。
(同系列の「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」も凄い)
 ※リンク先:サルヴァスタイル美術館解説

 ところで、ベルニーニ作品といえば忘れちゃいけないのがもうひとつ、同じくローマのボルゲーゼ美術館にある「アポロンとダフネ」(リンク先:ウィキメディア・コモンズ)です。子どもの頃、ギリシア神話の本でこれをもとにした挿絵を見たのが多分ベルニーニとの出会いのきっかけで、その後これが彫刻だと知って仰天しました。ダフネが月桂樹に姿を変える一瞬を捕らえた発想の奇抜さと技量の凄さ、そしてしつこいですがこの生々しくも官能的な美しさ、いや凄いとしか言えません。しかもこれは文字通り360度から見られる作品のようですし、いつかぜひ一度実物に会いに行きたいです。

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御簾の向こうの人

 2009/05/25(Mon)
 先日の「夢枕の人」で藤壺関連の写真を漁っていて、またしてもはたと気付いたのですが、源氏物語本文には藤壺の衣裳について詳しく記述している場面は確かほとんどないのですよね。何しろ生まれは内親王で後には帝の后ともなれば、くどいようですが当然そうそう御簾の外に姿を見せるわけもなく、おまけに「ここぞ」的な重要人物なので出番も決して多くありません。しかも源氏の妻の一人というわけでもないから、例の「玉鬘」の衣配りにも関係ないし(そもそも既に亡くなってます)、たまに出てきてもどんな装いなのかというような説明はほぼ皆無で、一通り探してみてようやく一か所、「賢木」の出家後の場面で「隙々よりほの見えたる薄鈍(淡いグレー)、梔子(黄色)の袖口など」という描写があるのを見つけられただけでした。…うーん、やっぱり地味だ…。

 それにしても、在俗の頃は皇族出の中宮様ですから、さぞかし高価で美麗な衣裳を纏っていただろうと思われますが、作者紫式部はある意味非常に天邪鬼な人で(笑)、日記と違って源氏物語の中ではこれでもかというような華やかな装束の描写はあまり使っていないのです。とりわけ光源氏など、やつした地味な装いが却って素晴らしいとか普段着のくつろいだ様子が艶に優雅だとか、果ては喪服姿さえ見飽きないほど美しいとかいう誉め方の方が多いので、清少納言のようにゴージャスで華やかな衣裳が好きな人にはちょっと物足りないかもしれませんね。

 とはいえ、紫の上は葡萄染や紅梅色、明石の君が白・紫や柳(薄緑)、女三宮が桜の細長等々という描写から推して、高貴で重々しくそれでいて懐かしい人柄の藤壺に似合う色となると、やはり紫系かなあという気がします。ちなみに「あさきゆめみし」だと、濃い紫地に白い文様の唐衣、白地に赤い菊文様の表着、五つ衣は紫の薄様(紫から白のグラデーション)という取り合わせで、やはり紫系で統一されていました。単衣の薄紅梅(ピンク)がやさしい感じを出していますが、紫の上のやや赤が強いワインカラーのような華やかさに比べると落ち着いた感じで、それがまたとても綺麗なんですよ。


  

 今回のおまけは風俗博物館の2005年展示より、「藤裏葉」帖の「灌仏会」からです。
 廂に控えているこの女性は女房の一人なのですが、まさに絵のように綺麗な構図なので選んでみました。蘇芳小葵文地白五窠木瓜文の唐衣に、表着は多分小葵文の花橘かさね(表朽葉・裏青)で、五つ衣単は紅の薄様でしょうか。姿どころか声さえ滅多に聞けない藤壺はまさに雲の上の人だけに、作者も敢えて装いについての描写は避けたのかもしれませんが、せめてどんな衣裳の似合う人だったのかだけでも知りたかったですね(源氏だって元服前は何度も顔見ていたんですし)。

 ところで、藤壺に限らず桐壺帝の後宮のお妃たちは殆どその装いについて語られていませんが、「服装で楽しむ源氏物語」という本の中に面白い話がありました。曰く、気の強い弘徽殿女御あたりはさぞかしこれ見よがしに禁色の赤をたっぷり使い、五十歳を過ぎても(今なら還暦くらい?)派手な真っ赤っ赤だったに違いない、というのです。確かに赤は派手と言うだけでなく高価な色で、つまりは高貴な人しか着られない色でもありましたが、これには何だからしすぎて笑ってしまいました。彼女の妹にあたる朧月夜は違う意味で華やかな深紅の似合いそうな女性ですが、ともあれ物語では光源氏が「右大臣家は万事派手好みで奥ゆかしさに欠ける」と批判し、それとは対照的な藤壺を思い浮かべていたとありましたから、やはり藤壺は全体に控えめな好みの慎ましい女性だったのでしょうね。

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やっぱり不意打ち

 2009/05/24(Sun)
 今日の夜、上京した母と阿修羅展に行ったのですが、本館で少々時間潰しの後にさあ行くか、と連絡通路で平成館へ向かおうとした途端、またしても予想外の作品に遭遇しました。

  焔

 おなじみ上村松園の名作、「焔」です。これはさすがに有名と見えて、阿修羅展を終わって本館へ来たと思しき人たちも見るなり「えっ!?」という顔で何人も立ち止まっていました。
 というわけで、「焔」は本館18室、近代美術コーナーにて6/14まで展示中だそうです。

 ところで阿修羅展の方はと言えば、さすがにそろそろ会期も残り少ないとあって、阿修羅の部屋だけは8時の閉館ぎりぎりまでかなりの人で混雑していました(苦笑)。この調子だと、今後はもう穴場の時間帯もなくなりそうですねー。

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夢枕の人

 2009/05/24(Sun)
 最近源氏物語に関するあれこれを読んでいて、何がきっかけだったかふと、気になったことがありました。

「朝顔」帖の最後に、亡き藤壺の宮が源氏の夢枕に立って恨み事を言う場面があります。このシーンを漫画「あさきゆめみし」では、長い髪の姿の藤壺で描いているのですね。最初に読んだ当時は特に不思議に思うこともなかったのですが、最近になっておや、と思ったのです。
 そして引っかかったことはもう一つ、橋本治氏の「窯変源氏物語」の中でも、この場面について「まだ髪を下ろさぬままのお姿で」とはっきり書かれているのです。しかし原文を改めて読み返してみても、夢枕の藤壺がどんな姿であったか等ということは何も書かれておらず、ただ「夢ともなく、ほのかに見たてまつる」とあるだけなのでした。

 はて、一人だけならいざ知らず、源氏の現代語訳?を手掛けた人の二人までもが同じことを考えたのは何故だろう。藤壺が出家してから亡くなったのは判り切ったことなのにと首を傾げたのですが、しばし考え込んだ後、はたと思い当ったことがありました。
 読者にとっては「出家姿の藤壺」というのは当然のものであり、もちろん源氏にとってもそうだったでしょうが、しかしよく考えてみれば源氏は、髪を下ろした後の藤壺の姿はその後亡くなるまで一度も直接見てはいないのです。確か瀬戸内寂聴氏の「女人源氏物語」の中では、作者のフィクションで息絶えた藤壺を源氏が抱きしめて泣き崩れる場面がありましたが、少なくとも原作にはそのようなことがまったくなかったのは言うまでもありません。なるほどそうか、それでは源氏が憶えているのは出家前に二人が最後に会ったあの時の、まだ髪の長かった藤壺の姿だけだったのかと、そこでようやく腑に落ちました。高貴な女性は屋内にこもりきりで、男性どころか身内以外は同性にも殆ど顔を見せなかった平安時代ならではのこととはいえ、そう思うと何だか改めて痛ましい気がしますねえ…。

 ところで、こうなるとぜひとも藤壺出家の場面の画像が欲しいところですが、残念ながらいつも頼りの風俗博物館さんも、何故か最も得意そうな(笑)分野でありながらこの場面は今のところやってくれていないのでした。大体が「六条院」の展示中心である以上、六条院の完成前に亡くなった藤壺の登場を期待すること自体難しいのはよく判るのですが、何とも残念です。
 というわけで、今回のおまけはなるべく代わりになりそうな画像を探してきてみました。


  

 (袿:青鈍地藤立涌文、五つ衣単:色々かさね)

 2004年展示、「玉鬘」「初音」の衣配りでの空蝉。髪は長いですが青鈍の衣裳ですね。
 薄衣を残して逃げ去った彼女は、「賢木」で源氏が忍んできた時、やはり衣を捨て逃れようとして髪を捕らえられてしまう藤壺のイメージとも重なります。

  藤壺・絵合

 2004年展示「絵合」での藤壺。出家後なためやや地味な色調の衣裳で、既に髪も短いはず。
 藤壺の出家後に源氏が見ることのできたのは、こうした御簾の向こうにかろうじて見え隠れする姿だけだったでしょう。

  紫のゆかり

 最後に、藤壺生き写しの紫の上。2002年展示「梅枝」の明石姫君の裳着の場面から。
 かつて中宮として宮中に時めいていた頃の若く美しかった藤壺も、こんな感じだったでしょうか。

 (唐衣:蘇芳小葵文地白五窠木瓜文、表着:濃蘇芳地紅梅文、五つ衣単:紅薄様かさね)
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薔薇の名前

 2009/05/23(Sat)
 今年は暖かいおかげで薔薇の開花も早いらしく、近所の薔薇園が早くも満開になりました。そこで早速カメラを手に出かけて行きましたが、色々な品種を見ていてふと気付いたのが、薔薇の名前って人名がとても多いなということだったのです。

  

 この品種は最近よく見かける「ピエール・ドゥ・ロンサール」で、16世紀フランスの宮廷詩人にちなんで名づけられたものです。他にもマリリン・モンロー(アプリコット)とかオードリー・ヘプバーン(ピンク)とか、かと思えばチャイコフスキー(レモン色)にヨハン・シュトラウス(ソフトピンク)など、薔薇のネーミングも実にジャンル?多彩なのですね。いや女優の名前というのはいかにも薔薇にふさわしいと思いますが、音楽家ってどういうイメージなのか、いやそもそも画家にちなんだ名前の薔薇はないのか、と首を傾げていたら、凄い名前の花に出くわしました。


  

 聞いてびっくり、この薔薇はその名も何と、「レオナルド・ダ・ビンチ」です(笑)。えー、どうしてこんなどピンクの花がレオナルド!?と正直驚きましたが、ともあれオールドローズの系統でしょうか、ルドゥーテの絵に出てきてもおかしくなさそうな形状が印象的でした。
 なお、近所の薔薇園にはありませんでしたが、画家にちなむ名を持つ薔薇は他にも「ピカソ」(赤)や「ファンタン・ラトゥル」(ピンク・オールドローズ)、「ウィリアム・モーリス」(アプリコットピンク、イングリッシュ・ローズ)等々、探せばまだまだあるかもしれません。こういう命名は品種改良をしている人たちの趣味が多分に反映されているのでしょうけれど、今後日本の画家の名前のついた薔薇が出てきたりしたら面白いでしょうね。


  

 これは「イングリッド・バーグマン」。世界的美女の名にふさわしく、形も完璧に美しい紅薔薇。

  

 これは何故か「ジョン・F・ケネディ」。他にも「ミスター・リンカーン」、「ロナルド・レーガン」(どちらも赤)なんてのもあります。

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細見がやってくる

 2009/05/22(Fri)
 来月東京の日本橋高島屋にて、細見美術館の巡回展「日本の美と出会う 琳派・若冲・数寄の心」(2009/6/3-6/15)が開催されるとの情報を見つけ、慌ててスケジュールに追加しました。4月の京都旅行では目の前の平安神宮まで行っていながら寄る暇がなかったので、久しぶりにご自慢の琳派コレクションが見られるのを楽しみにしています。

細見美術館開館十周年記念「日本の美と出会う」
http://www.mbs.jp/event/2009nihon/

 え、まだ10年しか経ってないの?と驚きましたが、考えてみると私が最初に細見を訪れたのは2000年の琳派展III「京の琳派意匠―光琳から雪佳へ―」でのことでした。そうか、京都はなかなか行けないけれど、その割には結構早くからお付き合いしてきたんだなあと、何だかちょっと嬉しい気がします(^^)。

P.S ただ今細見展は弘前にて巡回中だそうですが、例の金魚(笑)も出ているらしいです。そういえば私もしばらくご無沙汰しているので、東京でもまた会えれば嬉しいなー♪

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またまた不意打ち

 2009/05/19(Tue)
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 本日仕事の用事で神田へ出かけたのですが、その途中で共立女子大学にて開催中の「ウィリアム・モリスとその時代」(5月8日~6月30日)のポスターを見かけました。早速帰りに見に行ってみたところ、お馴染みのテキスタイルの他にもドレスや扇子、またガレのガラス器もあって、こぢんまりした展示ながらなかなか面白かったです。おまけに写真撮影にも快く許可をいただけたので、喜んでたくさん撮らせていただきました(^^)

フォルチュニィのドレス

 何だかどこかで見たような…と思ったら、3月に庭園美術館で美術展のあったフォルチュニィのドレスでした。
 細かいプリーツが特徴的なデルフォス・ドレスに、鮮やかな色彩の上着の細かいつくりも緻密で凄い作品です。
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子どもたちのルーヴル

 2009/05/19(Tue)
20090520174820


 なかなかタイミングが取れずにいた六本木の「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」(2009/03/25-06/01)、ようやく行ってきました。上野に比べると大分空いている感じでしたが、こちらはテーマがしっかり絞り込まれていたおかげか、流れも判りやすく面白かったです。ただしこちらはこちらで気に入った作品のポストカードがあまりなく、内容自体がよかっただけにちょっとがっかりでした。特に「アレクサンドリーヌ=エミリーの胸像」は頭をスカーフのような布で包んだ少女の顔立ちがとてもかわいらしくて、できることなら四方八方から写真に撮りたかったですね。

 さて今回は、子どもをめぐる様々なテーマごとの展示となっていましたが、最後のコーナーで「空想の子ども」ときたのはちょっと意表を突かれました。はて何だろう、神話やキリスト以外なら天使かな?と思ったら見事大正解だったのですが、ここで何ともいや~な予感がしたのです。
 そして案の定というべきか、その不吉な予感もまた見事に的中しまして、待ち受けていたのは私の大好きなブーシェの、唯一苦手とする目つきの悪いちび天使のしかもとびきり大きな大作だったのでした(笑)。いやまあ、今回の絵はそれほど極端ではありませんでしたが、ブーシェの絵は本当に何故か天使だけがやたら目つき悪いんですよ! 女性はあんなにチャーミングに描く人で、一緒にいる鳩だってふわふわの羽根がそりゃあかわいいのに、どうして天使だけはああなんですかー!?と、久々に絵の前で頭を抱える羽目に陥りました。
 まったく、なまじ大好きな画家だけに辛いというか、こればかりはいつ見ても激しく疑問でかつ悩みの種でもあります。これでムリーリョの愛らしい子どもの絵でもあれば大分慰めになったのですが、こっちのルーブルにはムリーリョは来ていなかったのですよねえ…残念(レイノルズの絵はかわいかったのですが、あれはあれで女装の男の子というのが何とも…苦笑)。
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久しぶりにルーヴル

 2009/05/16(Sat)
20090516203827


 今日やっと、上野の「ルーヴル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」(2009/02/28-6/14)へ行ってきましたが、いや相変わらず朝から混雑が凄くて大変でした。GW中も阿修羅展より時間待ちが長くて驚きましたが、ルーヴル&フェルメールという大者コンビの知名度はやはり最強だったようです…やれやれ。

 さて肝心の内容ですが、今回はフェルメールとラトゥールという目玉が揃っていた割には、何だか微妙な内容でした。個人的にはカルロ・ドルチの天使と聖母にとても惹かれましたが、後はあまり好みのものがなかったというか、傾向がばらばらで大者揃いのはずなのに今一つしっくりこないというか、過去に西洋美術館で見たルーヴル展とはどうも手応えが違って妙な感じでしたね。おかげで結局カタログは買いませんでしたが、珍しく気に入った作品の殆どがポストカード揃っていたので、これは喜んで買いました。
 そうそう、もうひとつとても印象に残ったのが、フェッティの「メランコリー」です。見た瞬間有名なデューラーの「メランコリアI」を連想しましたが、あの版画の不思議な天使ともまた違う、マグダラのマリアのように骸骨を抱えて憂愁に沈む横顔がとてもいいなと思いました。

 ところで美術展の後、ちょっと用事のついでに千駄ヶ谷の国立能楽堂へ行ったのですが、そこで「能の意匠」というテーマで小展示をやっていたのでふらっと入ってみました。そうしたらびっくり、何と酒井抱一の下絵による蒔絵の懐石膳と盃があったのです。懐石膳は細見美術館所蔵の「扇面貼付図屏風」からデザインを取った「砧」で、つややかな黒地に金銀と朱で鄙びた家の軒先で砧を打つ女性を描き、杯は朱の地に金銀でおなじみ燕子花を描いたデザインを原羊遊斎が蒔絵にしたもので、どちらも小品ながらいかにも抱一らしい瀟洒な作品でした。抱一下絵の蒔絵作品はなかなかお目にかかれない上、懐石膳なんてさらに珍しいので、ちょっとラッキーで嬉しかったです。

 そして帰宅後改めて調べて二度びっくりしたのですが、年末から来春にかけて今度は何と、「特別展 琳派に見る能―細見コレクション― 」(2009/12/23-2010/2/21)が開催されるそうです。細見の琳派コレクションはすっかりおなじみですが、まさかこういうところに来るとは驚きでした。まだしばらく先の話ではありますが、いつもとはまた一味違った琳派が楽しめそうで、こちらも待ち遠しいです。

・日本芸術文化振興会 イベント情報
 http://www.ntj.jac.go.jp/exhibition/index.html
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もうすぐ葵祭

 2009/05/12(Tue)
 京都はもうすぐ葵祭ですが、私は当日よりもむしろ12日に行われる御蔭祭の方が好きです。なかなかこの時期に訪れる機会がないのが残念ですが、昔撮った写真からご紹介。

御蔭祭1

 朝の神事の後、比叡山麓へ向かう神職さんたち。
近くで見ると、夏向けの薄い絽の狩衣がとても涼しげで綺麗です。

御蔭祭2

 午後に帰還、参道の中ほどで東遊の舞を披露。


 というような具合で、平安時代を思わせる古式床しい行列はそれだけでも見ていて楽しいです。ただ残念ながら、斎王代を始め女性はほとんど(まったく?)参加しないので、例によってちょっとおまけ。

舞姫御覧

 風俗博物館2003年展示「少女」より、五節の舞姫に付き添う女房。裳唐衣に髪を上げて釵子を刺した正装です。展示の内容は実は秋なのですが、葵祭らしく夏の爽やかな色目の装束を選んでみました(^^)

 唐衣:萌黄亀甲地文臥菊菱、表着:柳織物?桜立涌文、五つ衣:若菖蒲かさね、裳:裾濃

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平安時代の風俗

 2009/05/10(Sun)
 5月5日こどもの日、東博にて展示中の「平成21年新指定国宝・重要文化財」を見たついでに、2階8室の「書画の展開-安土桃山・江戸」も覗いてきました。しかし江戸時代中心の割に何やら平安関連の展示が多く、中でも「栄花物語図屏風」(土佐光祐筆)は珍しいテーマでちょっと驚きました。

栄花物語

 これは左隻の「初花」の部分で、中宮彰子が敦成親王(一条天皇第二皇子、後の後一条天皇)を出産した祝いの場面です。平安時代の貴族の出産では妊婦やその周辺の女性は皆白装束に着替えるのが習わしで、よってここでも白と銀のみで描かれているのが面白いですね。

明石女御出産

 こちらは例によって、風俗博物館の2009年展示「若菜」より、明石女御出産の場面です(ただ今展示中)。手前の二人が祝いの御膳を運ぶ女房たちで、少し奥の柱の傍にいるのが紫の上(判りにくいですが、白縁の畳の上に座っています)。こうして見ると衣裳ばかりか部屋の調度まで何もかも真っ白で、さらに「紫式部日記」によればこの純白の衣裳に銀細工や螺鈿などで華やかに縫いとりや飾り付けをしたそうですから、さぞかしまばゆいほど綺麗だったでしょうね。

・参考リンク:「源氏物語の世界
 (「紫式部日記」第1章17~19に、女房たちの装束について詳細な説明あり)


 さらに、部屋の奥の方にはこちらは華やかな色合いの十二単も展示されていました。

女房装束

 赤い唐衣(からぎぬ)に萌黄?の表着(うわぎ)、五つ衣(いつつぎぬ)は緑2枚の下に紫が3枚(色目の名は不明)、そして紅の単(ひとえ)にごく薄い裳も揃った、正統派の裳唐衣一式でした。

藤裏葉

 これも風俗博物館2005年展示「藤裏葉」より、婚礼の支度をする女房。表着の色がやや明るめですが、一番近いのがこれだったので。


 ともあれ、こんな華やかな世界はそれこそ雲の上のごく限られた人々だけのものだったのでしょうけれど、それにしてもこれだけ洗練された美意識が千年前に既に完成していたというのはやはり凄いと思います。とはいえ何しろ衣裳は重いし、女性は殆ど家にこもりきりで窮屈な上に退屈だし、現実にああいう生活を毎日したいとはさすがに思いませんが(笑)、もっと他にも身近にこうしたものを体感できる場所があればいいのになと改めて思いました(歴史民俗博物館の常設展示には平安時代のコーナーもありますが、何しろ佐倉は遠くてなかなか行けないのです…)。

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不意打ちでした

 2009/05/09(Sat)
 本日ふらりと東博へ出かけたついでに、ふと気が向いて本館2階の常設展示をぶらぶら見ていたら、何の前触れもなく佐竹本の小野小町がいて飛び上がりました(笑)。そういえばここしばらく情報チェックしていませんでしたが、ああいう凄いものを時折さらっと出してくるあたりが東博の侮れないところです(おかげでよく知らないとこっちもさらっと見過ごしてしまったりするのですが。苦笑)。しかも後で調べてみたら、何と今回の展示期間は明日までだそうで、まさに滑り込みのぎりぎりでした。おかげで相変わらずの美しい後姿をたっぷり堪能してきましたが、しかしもっと早くから知っていたら阿修羅やカルティエの後で絶対毎回会いに行ってたのに、痛恨の極みです…(がっくり)

 ともあれ、さすがに連休も明日で終わりとあって、今日は阿修羅展の混雑も少しは落ち着いていたようでした。できれば最低でも後1回、なるべくゆっくり見られる時に行きたいなーと思っていますが、さてさていつにしたものやら…

今回のおまけ:

小野小町風

2004年風俗博物館展示「賢木」より、斎宮に仕える女房の後姿。
(唐衣:濃色地白臥蝶丸文、表着:赤地萌黄藤丸文、五つ衣単:紅の薄様、裳:紫の裾濃)
綺麗な後姿の写真で、しかも赤系の衣装というのがなかなかなくて探すのに苦労しましたが、これが一番小町のイメージに近いかと思います(ただし絵巻に合わせて左右逆に変えました。笑)。

ちなみに、前から見ると↓こうです。

小野小町風2

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忘れえぬロシアの女(ひと)

 2009/05/08(Fri)
20090508082212


 5月3日、Bunkamuraにて開催中の「国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア」(2009/4/4-6/7)へ行ってきました。お目当てはもちろん、今回もポスターで看板娘(笑)をつとめるクラムスコイの傑作「忘れえぬ女」です。彼女との最初の出逢いはもうかれこれ20年くらい昔(確か札幌の北海道近代美術館)で、当時は原題に忠実に「見知らぬ女」という名前でしたが、母と二人衝撃的な一目惚れをしてすっかり大ファンになりました。
 その後大分経ってから、今度は2001年の「女性美の500年展」(東京富士美術館)で久しぶりの来日を知り、もちろん喜び勇んで駆け付けたのはいうまでもありません。何しろ八王子は遠いので(苦笑)出かけるのが大変なのですが、これまた約10年ぶりに再会できてやっぱり大感激でした。彼女は日本でも人気が高いようで、比較的頻繁に来日してくれるのが嬉しいです。

 というわけで、今回は彼女との三度目の対面になりましたが、考えてみると今回が今までで一番近くでこの絵を見られた気がします(今までは展示位置が高かったり遠かったりしたので。^^;)。そして今回単眼鏡でまじまじと見て驚いたのですが、帽子の髪飾りの部分が恐らく七宝でしょうか、遠目では判らないくらいに細かい華やかな色合いがちりばめられているのに初めて気がつきました。それ以外にも大きな黒い瞳の潤んだような光や、なめらかな薔薇色の肌に艶やかな唇、豪華なビロードのコートと毛皮の縁飾り、サテンのリボン等の見事な質感など、何度見てもその素晴らしさに改めて溜息が出ます。何よりこの女性のこちらを見つめているようでどこか遠いまなざしの憂い顔は、画家が一体何故この絵を描いたのかという謎もあいまって、いくら見つめても飽きずに引きつけられるのでした(しかし今回、彼女の帽子を復元?したものが特別販売されていたのには驚きました。笑)。

 ともあれ、見どころはもちろん彼女ばかりではなく、数はそう多くないですが他の作品も見応え十分の絵が揃っていました。同じくクラムスコイではすぐ隣にあった「髪をほどいた少女」も緻密な金髪の描写が凄い作品でしたし、他の肖像画ではトルストイ、ツルゲーネフ、チェーホフと日本でもおなじみのロシア文豪の錚々たる顔ぶれが揃って、いずれも彼らの人間性まで活写したことがよく判る素晴らしいものでした。また風景画は私が北海道出身なせいでしょうか、見ていて何だか奇妙に懐かしい気持ちにさせられるものが多くて(特に「モスクワの中庭」等に描かれるビザンチン様式の教会は、地元函館のハリストス正教会によく似ているのです)、ロシアの風土の厳しさと美しさにもとても心惹かれました。なおロシアの秋は日本の「紅葉」とは違って「黄葉」が多いらしく、鮮やかな黄色に染まった木々を描いた「黄金の秋」がとても綺麗でしたね。


参考:函館ハリストス正教会

  

「モスクワの中庭」(部分):尖塔の形が似ているの、判ります?

  


 ともあれ、GWまっただ中にも関わらず、館内は比較的空いていてゆったりと心行くまで作品を鑑賞できました。上野でもみくちゃになるのはさすがに遠慮したかったので(笑)逆を狙ったのが大当たりだったようで、その意味でも満足です。

 なお、今回グッズ売り場でちょっと驚いたのが、ファベルジェのインペリアル・イースター・エッグのミニチュアレプリカが何と五種類も販売されていたことでした。あのシリーズは私も大好きなのですが、これだけたくさんの種類が一度に売られているのを見たのは初めてで、一個1万円前後とお安くはないですがやはりひとつくらいは欲しいかなあと思ってしまいます。確か戴冠式エッグ、ナポレオンエッグ、ルネサンスエッグ、薔薇のつぼみエッグ、春の花エッグだったと思いますが、どうせなら私はウィンターエッグが欲しいなあ…

多分販売元公式サイト:
http://www.piearth.com/easter/easter-item/kaku-egg-html/egg-napoleonic.html

参考リンク:イースター・エッグ一覧サイト
http://andrejkoymasky.com/liv/fab/fab00.html


↓千尋の一番好きなウィンター・エッグ
  
The Faberge Imperial Easter Eggs
(1997/02)
Tatiana FabergeLynette G. Proler

商品詳細を見る


 そうそう最後に、次回これも楽しみな「だまし絵展」では、西洋絵画の奇想の本家(笑)アルチンボルドの傑作「ルドルフ2世」が何と初来日だそうです! 画集等ではよく知られたおなじみの作品ですが、実物が日本に来てくれるとは嬉しいですね。他にもマグリットから河鍋暁斎まで、多彩な顔ぶれがやってくるようで今後注目です(^^)

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たまにはサイエンス

 2009/05/01(Fri)
 基本的に人文系な当ブログですが、千尋は自然科学系の話題も結構好きです。というわけで、今回はこの夏話題の皆既日食関連について。

 去年からニュース等でも話題になっていますが、今年の7月22日に日本やアジア各国で史上屈指の皆既日食が観測できます。奄美や中国へ観測に行く方、あるいはそこまでする気はないけど興味はあるという方は、↓こんなイベントがありますのでよろしければご参考までにどうぞ(ちなみに私も奄美ツアーに参加予定なので、予習がてら行ってみたいなーと思ってます。^^)。

 ・コニカミノルタプラネタリウム・満天:皆既日食特集番組
  http://konicaminolta.jp/manten/eclipse/index.html

 ・国立天文台:皆既日食公開講演会
  http://www.nao.ac.jp/open_lecture/index.html

 ところで、日本史上最古の皆既日食観測記録はいつだったかといいますと、実は平安時代なんだそうです。それも天延三年七月一日(西暦975年8月10日)、最近すっかり大人気の(笑)陰陽師・安倍晴明がまさに活躍していた頃の話で、このような天変を不吉の前兆とした当時、文字通り前代未聞の大事件に遭遇した人々が大混乱に陥ったことは想像に難くありません。天皇や朝廷も慌てふためき、その後特赦や年号の改元などが矢継ぎ早に行われたといいますから、現代のようにわくわくと楽しみに待ち構えるなんてとてもできなかったでしょうね。
 で、それとは直接関係あるわけではないのですが、ちょうど今年の皆既日食と同じ頃に三井記念美術館で「道教の美術:道教の神々と星の信仰」(2009.7.11-9.6)が開催されるということで、これまた楽しみです。星曼荼羅や陰陽道の天文関係資料なんて普段はなかなかお目にかかれるものではないので、古代天文学好きの方はぜひぜひお見逃しなく!(しかし展示替6回!というのはちょっと厳しい…;)

P.S 今回のおまけ。

  陰陽師の祈祷

 祈祷する陰陽師(風俗博物館・2004年展示「若菜」より)。明石女御の出産にあたっての祈祷の再現です。似たような場面で安田靫彦の「御産の祷」も有名ですが、以前東博で展示された時写真撮ったのに行方不明でした…残念。
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