若冲と抱一

 2008/11/30(Sun)
 私と伊藤若冲との最初の出会いは多分、酒井抱一と同じく1995年東博の「特別展・花」だったようです。図録を見ると「動植綵絵」十幅がばっちり載っているので確かだと思うのですが、何しろこの時私が目を引かれたのは(以前にも触れたとおり)「夏秋草図屏風」を始めとして比較的地味めな作品ばかりだったので、残念ながら全然憶えていないのでした。(^^;)
 とはいえ、その後ぼちぼちと美術展での出会いを重ねるうちにいつとはなしに名前を認識するようになっていったようで、特に1999年やはり東博で開催された「皇室の名宝」展で大々的に作品を見た時はさすがに衝撃でした。ただ(これも前回触れましたが)私はああいう色数多くしかも極彩色で余白の少ない賑やかな絵はどうも少々苦手でして、失礼ながらあんまり好みじゃないなあと思ったのです。もっとも後にTVでプライスさんが江戸時代のように暗い中で和蝋燭の明かりで見るという方法を取っていたのを見た時には「そうか、ああいう風に見るならまた違うのかもしれないな」とも思ったのですが、その後若冲人気が大ブレイクしてからもそれほど彼に興味は持ちませんでした。

 ところがまたしばらく後に、何と我が愛しの(笑)抱一さんがどうも若冲にもかなり関心を持っていたらしい、と知ってちょっと驚きました。これについては例の「酒井抱一と江戸琳派の美学 日本の美術 (No.463)」でも「雄藩大名の次男坊で江戸随一の粋人抱一と青物問屋の長男で京都でも稀な野暮天若冲という全く対照的なタイプの二人の取り合わせは、思いがけないものであったが…(後略)」などと書かれていますが(笑)、事実静嘉堂文庫所蔵の「絵手鑑」に若冲に学んだと思しき作品が多数確認されています。(ちなみにそのうちの一点が、「もっと知りたい酒井抱一」の裏表紙でも使われた蛙の絵です) とはいえアレンジの得意な?抱一さんのやることですから、ただ模写するのではなく自己流に色々と手を加えているあたり、玉蟲敏子氏も述べているとおり双方の美意識の違いがよく判るのですね。
 ただ、私が気になったのはそれとはまた別の点でして、これまた以前「新春抱一めぐり」でちらっと取り上げた「吹きつけ」という技法も抱一は若冲の影響を受けているのではないかしらんということです。もしかすると既にどなたか指摘しているかもしれませんが、抱一が波しぶきや雪の描写によく使う真っ白な胡粉の吹きつけは宗達や光琳ではあまり見た覚えはないし、強いて挙げるなら乾山が露に、また円山応挙が波しぶきに使っている絵は知っているのですが、雪の描写に使った人となると、私の知る限りでは若冲しか思い当たらないのですね。しかもその若冲の絵たるや、お好きな方ならご存知でしょうがどばっと盛大に、しかも裏面にまで思いきり使っているのですから、そこまで派手でないにせよ抱一がお手本にしたとしてもおかしくはないかなあ、と思うのでした。(ただし「絵手鑑」の元になった「玄圃瑶華」はモノクロ版画だそうなので、抱一がそれ以外の若冲作フルカラー肉筆画を知ってなきゃ無理ですが)

 ところで、この週末図録の整理をしていたところ、細見美術館の「若冲と琳派」展(2003‐2004年)の図録が出てきました。この中で京博の狩野博幸氏が「琳派と若冲」という論文を載せているのですが、改めて読み直してみたらどうも自分が若冲の来歴をちょっと誤解していたらしいことが発覚、ちょっと慌ててしまったのです。いや、よく「錦小路の青物問屋」なんていうから今でいう八百屋さんのようなイメージかと思っていたのですが(そして同じ誤解をする人が結構多いらしい)、「問屋」というからには小売商ではなく、「大企業とまではいわなくとも、中企業のオーナー会社の若社長」くらいに匹敵するのだそうですね。えー何だ、じゃあこの人も結局いいとこのお坊ちゃんではないですか!(笑)と思ったら、その後がまた愉快だったので、ちょっと引用させていただきましょう。

「若冲画の凄みは、生活苦と縁のない男がただ一つの趣味を生涯かけて続けていったところにある。(中略)絵を売って生活しないでもよいということは、自分が描きたいものを描きたいように描く、というのと同義であり、世の流行に棹さすのではなく、題材として採りたいものを採るという態度である。」

 ……ここまで来て、何かまるで誰かのようだなあ、と思ったのですが、狩野さんはさらに続けてこんな文でしめくくってくれたのでした。

「これまで、いやいまでも、こんな画家がいた試しがあるだろうか。
 抱一が、それに近い。」

 それがオチですか!と吹き出したのと、あーやっぱり、と思ったのが半々でしたが、なるほどそれで「若冲と琳派」なのねとようやく合点しました。もっともこの時のキャッチコピー「いとおしいほど繊細で、哀しくなるほど美しい。」は絶対若冲というより抱一だろう!と密かに思っているのですが、ともあれ細見はしばらくご無沙汰しているので、今年の琳派展をやっているうちにぜひまた行きたいです。(^^)

 なお最後にもうひとつ、先日大琳派展を見ていてふと思ったのですが、鈴木其一の作風って大雑把に言うなら光琳と若冲を足して二で割ったようだと思うのは私だけでしょうか。(笑) 師匠の抱一はむしろ光琳と応挙を足して二で割ったような感じだけに不思議というか面白いですが、となるとやっぱり今後は其一がブレイクするのかも…?

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琳派の色

 2008/11/29(Sat)
 しばらく途中で更新ストップしていた抱一部屋の作品リスト、やっと手持ちのデータをすべてサイトに上げ終わりました。参考資料が随分前に出た本だったこともあって、途中で新しい作品が見つかったり、またいつの間にか所有者の変わってしまったものもあったりしましたが、これでようやくひとつ肩の荷が下りた気分です。著作権その他の関係上、どこまで画像を載せてOKなのかが判らないため本当に名前だけの一覧ですが、特に海外コレクションの所蔵品はまだ実物を見ていないものも多いので、今後来日の機会があることを期待したいですね。

 ところで、ちょっと前の話ですが大琳派展の最中、書店で↓こんな本を見かけました。

われに千里の思いありわれに千里の思いあり〈上〉―風雲児・前田利常
(2008/09)
中村 彰彦

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 あらら、今度は神坂雪佳?とまたちょっと驚きましたが、この人の絵は特に明るい水色が大変独特なので、雰囲気もさることながらあの色が使われていれば大抵一目で判ります。抱一もあの鮮やかな緑を「抱一グリーン」と呼んでいた方がいましたが、となるとこちらはさしずめ雪佳ブルーでしょうか。(笑) そうすると宗達はやはりあの金泥銀泥、光琳は…意外とこれという色は思いつかないですね。(ついでに其一は、色より造形のシャープさの方が印象強いかも)
 ともあれ、私は絵を見る時に何よりまず色で惹かれる作品かどうかが決まるので、好みの色彩かどうかは大変重要な問題です。もちろん単色だけでなく配色のバランスもありますが、元々赤系や黄色系よりも青系やモノトーンが好きで、あまり色数の多い絵やビビッドすぎる色彩のものは大抵苦手なので、結果好きになる絵はほぼ例外なくおとなしめの作品や渋いものに偏りがちですね。これは先日、ハンマースホイとワイエスを見た時にも改めて痛感しました。
 もっともそのおかげで、作品や画風はそう好みではないのに色が好き、という画家も時には出てきたりしまして、その典型的な例が実はゴッホです。あの人の絵は概してあまりツボではないのですが(好きな方ごめんなさい)、「オーヴェールの教会」で描かれた空の深い青色だけはとても好きで、あれはぜひ一度実物を見てみたいと思いますね。オルセーさん、いつかルソーの「蛇使いの女」と一緒に貸してください。(笑)

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沈黙の画家二人 ハンマースホイとワイエス

 2008/11/24(Mon)
 22日は長らく懸案だった「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」(国立西洋美術館、9/30-12/7)と、「アンドリュー・ワイエス 創造への道程」(Bunkamuraザ・ミュージアム、11/7-12/23)の二つへ行ってきました。この組み合わせにしたのはたまたま都合からそうなったというだけなのですが、考えてみると非常に渋い取り合わせですね(笑)。

 さて、まずハンマースホイですが、この画家についてはこれまでまったく名前すら知りませんでした。確か去年のオルセー展は行ってないし(すみません印象派苦手なんです;)、だから話題になったというのも知らなかったのですが、先月琳派展オフでTakさんが「凄くお勧めだから!」と熱烈にプッシュしてらしたので、それじゃあ行ってみようかとは思っていたのです。
 さてこのハンマースホイ、先週放送の新日曜美術館によると「北欧のフェルメール」という仇名があるそうですが、いざ作品を見た感想は、正直言ってあまり共通点を感じませんでした。確かに室内画であることや、人物の構図などに影響を受けているところはあるものの、だからと言って似ているとは思えなかったのです。むしろ最初の方のコペンハーゲンの風景画(特に「クレスチャンボー宮廷礼拝堂」)を見た時まず思ったのは「あ、東山魁夷だ」で、自分でもこの発想にはちょっと驚きましたが、見れば見るほど油彩画なのに魁夷さんの日本画を思わせる、全体にうっすら霧がかかったようなやわらかなタッチが非常に印象的でした。
 もっとも言うまでもなく、時代は魁夷さんの方がハンマースホイより後なのですが、そういえばあの人の風景画も人物の描かれないものが殆どでした。魁夷さんも北欧旅行はしていますし、もしかしたらどこかでハンマースホイを知っていたとしたら、とても共感を覚えたのではないかしら、と思います。

 そして室内画の方ですが、画家の妻イーダが黒衣の後姿でひっそりと佇む絵の数々もさることながら、最後のコーナーの「誰もいない部屋」は何とも不思議な感覚に惹きつけられました。後で図録を読んでみると、解説や論文ではやたらに「薄気味悪い」と評されているのですが(苦笑)、私は全然そんな風には感じなかったのです。むしろ誰もいない部屋の方が、かつてそこに誰かが暮らしていた気配、記憶の底に沈んでいた思い出のような不思議な懐かしさ、そしてそこにいた人たちはどこへ行ってしまったのかいう寂寞、そんなどこかノスタルジックな慕情を駆り立てられて、静かでありながら「沈黙が聴こえてくる絵だ」と思えました。新日曜美術館で、「フェルメールの絵には物語があるが、ハンマースホイの絵にはそれがない」という話が出ていましたが、確かにそこにあるのは物語ではなく、けれども沈黙の中に言葉では語ることのできない、ただ絵でしか語れず表わせない何かを湛えているように感じる世界でしたね。
 それにしても、あの誰もいない部屋は室内の暗い色調に反して、差し込む陽光が対照的にとても明るく暖かに見えて、それもまた不思議な絵でした。画家にとっては今現在いる世界をモデルに描いたもののはずですが、じっと向き合っているとそれが過去の思い出のようにも、またいつか画家自身がいなくなった後の未来のようにも思えて、見れば見るほど引き込まれる独特の力があります。(そして後で思ったのは、そういう不可思議な魅力がどこかマグリットにも似ているということでした) 確かにフェルメールの世界のような暖かさはあまりありませんが、少なくとも私にとってはフェルメールよりもさらに強く惹きつけられる――というか、画家の心情にこちらも共感することができる、いつまでも見ていて飽きない心落ち着く画家でした。

 さて、ハンマースホイにどっぷり漬かった後一服して、今度はワイエスですが、こちらは同じく渋いと一口にいっても、ある意味打って変った別世界でした。昔来日したヘルガシリーズの図録だけは見たことがありますが、ハンマースホイとは対照的に恐ろしく細部まで描き込まれた気の遠くなるような作品で、いやもう腰を抜かしたものです。(そして今に至るまで、あれに匹敵するものは10代のピカソの作品しか知りません) ただ今回は肖像画よりも風景画の方が多いということでしたが、やはり図録でこれまた気の遠くなるような麦畑の絵の記憶が残っていたので、多分ああだろうと思っていたらやっぱりそうでした。(笑) 特にチラシにも載っていた「松ぼっくり男爵」の松林とその下一面に散る松葉の描写の物凄いこと、目を近付けただけでくらくらしそうでしたよ。
 それにしても今回風景画を見て思ったことですが、多分メイン州という土地柄もあるのでしょうか、ワイエスの描く自然は非常に厳しく荒々しい印象が強かったです。気温だけを言うならハンマースホイの故国デンマークの方がもっと寒そうですが、冷たい風の吹きすさぶ荒野を徹底したリアリズムで描いた世界は、ハンマースホイとはまったく違った沈黙を感じさせました。時折人物画があっても、ワイエスの描く人物は皆何かを語りかけるような様子はなく、自然の音はあっても人の肉声の聴こえてこない絵という感じでしょうか。それでいて人物描写は髪の毛一本や肌合いに至るまで緻密を極めた凄まじさで、何というか相変わらず迫力満点で圧倒される画家の一人だと改めて感じました。現在既に90歳を越える高齢で、実は「え、まだ生きてたの!?」(←こら)と驚きましたが、いや実に頼もしい限りです。ハンマースホイは残念ながら50代で亡くなってしまいましたが、ぜひとももっと長生きして作品を残してください。(^^)

 ところで、今回のワイエス展では完成作品以外に習作の数々も見ましたが、これまた素晴らしいものばかりで、絵によっては完成品より習作の方に惹きつけらることも多々ありました。それ1点だけでも十分独立作品になりそうなものもありましたし、ざっとスケッチをとっただけのものや簡単な水彩で着色しただけのものも、それはそれで何ともいえない味わいがあり、全体に決して明るい世界ではないのですが、やはりハンマースホイ同様そんなところにとても惹きつけられます。たまたま隣にいたご婦人が「こんな絵欲しいわね~」と言ってお連れさんに笑われていましたが、私もちょっと一枚欲しくなってしまいましたよ。(笑)

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琳派動物園

 2008/11/21(Fri)
 今日たまたま、抱一と若冲の相違点について色々考えている最中、ふと引っかかったことがありました。
「……そういえば、琳派で描かれる動物って、何がいたっけ?」
 早速その場で思い出せる限りのものを書き出し、帰宅後改めて図録や画集を確認してみたところ、ざっとこんな感じでした。

 俵屋宗達:象・唐獅子・犀(養源院杉戸絵)、鹿(鹿図)、
      鶴(鶴下絵三十六歌仙和歌巻)、カイツブリ(蓮池水禽図)、
      カモ(芦鴨図衝立)、犬(狗子図)、牛(牛図)、龍(雲龍図屏風)
 尾形光琳:虎(竹に虎図)、孔雀(孔雀立葵図屏風)、鶴(群鶴図屏風)
 酒井抱一:雉・鷺・雀・鶯・雲雀・千鳥・鷭・瑠璃鳥・鶉・目白(四季花鳥図屏風ほか)、
      蝶・蜻蛉・蜂・カマキリ・蛍・コオロギ(四季花鳥図巻ほか)、
      兎(兎に秋草図襖)、亀(蓬莱図)、蛙(絵手鑑ほか)

 いや実に面白いくらい三者三様というか、動物の種類で最も多かったのが宗達で、光琳は意外に動物は少なく、また抱一は獣の類は少ないものの、周知のとおり鳥・虫の種類では断然群を抜いていました。(注・伊勢物語で登場する馬はここでは敢えて除外しました) また興味深いのが、三人とも何故か魚は殆ど描いていないことで、それこそ若冲などは魚の博物画のような絵を残していますが、琳派は魚はあまり好まなかったのでしょうか?
 ともあれ、宗達・光琳が全体に大きな動物を絵の中でも大きく描くのを好んだのに対し、抱一は小さな鳥や虫(稀に獣)をことさら選んでモチーフとしていたのがこういう点でもよく判ります。彼の絵は時々琳派というより円山応挙の雰囲気に近いように感じることもありますが、応挙が描いたようなリアルな毛皮の虎や墨絵の龍などはあまり興味を引かなかったのかもしれませんね。

 というわけで、抱一と若冲に関しては、日を改めてまたいずれ。

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来年参上

 2008/11/18(Tue)
天使と悪魔(上)天使と悪魔(上)
(2003/10/31)
ダン ブラウン越前 敏弥

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 「ダ・ヴィンチ・コード」でおなじみブラウンのラングドン教授デビュー作が来年映画公開されるそうで、最近書店でもよく見かけます。前作同様突っ込みどころは色々ありそうですが(笑)、今回は何しろ私の大のご贔屓の一人である芸術家の作品がストーリーの要となるので、その意味では大変楽しみなのでした。ちょっとだけネタバレになりますが、何しろブツは彫刻ですので、普段写真集などでは見られないあんな角度やこんな角度からたっぷり映してくれたら嬉しいですね~(^^)

 ともあれ、問題の彫刻家(一応名前は伏せておきます)は日本では今のところマイナーな芸術家のひとりですが、これをきっかけにブレイクしちゃったりしないでほしいな~というのも密かな本音です。(苦笑) 果たしてあの手のものが今時の大衆受けするかどうかは微妙ですが、何しろ日本の美術ブームというのはひょんなことからあっという間に火がつきますから、ほどほどに名前が認知されるのはまあいいとしても、変に人気が出てしまうのはファンとしては正直ちょっとありがたくないのでした。というわけで、頼むからフェルメールの二の舞になるのは勘弁してくださいよ×××××さん…

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大琳派展 継承と変奏(7) 余白と移ろいの美 

 2008/11/16(Sun)
 昨日は大琳派展最後の観覧に行ってきましたが、いやはや最終日前日だけあって、博物館前は大変な長蛇の列でした。まあ大体予想はしていましたし、今回は頑張って9時に到着して開場後すぐに会場入りできたので、まず最初のコーナーもすっ飛ばし風神雷神の前まで直行です。(笑) そして狙いどおりまだ他の観客もほとんどいない状態だったので、わずかな間でしたが4点の風神雷神をじっくり心おきなく堪能、至福の時間を過ごしてきました。うふふ(^^)

 さて、今回は北海道からはるばる上京した母も一緒でしたが、最初の風神雷神の後改めて入口へ戻ったところで、「桜芥子図襖」を目にとめた母が「わーこれ綺麗ー」と歓声を上げました。しかしその直後、「でもこの下いらない」…どうやら母、桜の下の空間を埋め尽くした芥子ほかの春の草花はあまりお気に召さなかったようです。(笑) まあ確かに、かなりびっしりたんぽぽやらつくしやらすみれやらが悪く言えばごちゃっと描き込まれていて、あまりすっきりした構図ではなかったですね。
 それでふと思ったのですが、「風神雷神図」はともかく俵屋宗達の作品は、絵の上や端に余白を取ることはあっても中央をどーんと空けることはあまりないようですね。強いて挙げれば「蔦の細道図」あたりが例外ですが、養源院の杉戸絵なんかは画面いっぱいいっぱい使ってますし、空間恐怖症というのではないですが、比較的画面全体に何かしらを書き込んでいることが多いなと改めて気付きました。
 そして続く尾形光琳は、これまた燕子花図は意外と余白はなく、まして風神雷神のバリエーションとも言われる紅白梅図は真中にどーんとあの川の流れを据えていて、全体に中央に大きく空間を残すやり方はあまり見られません。掛け軸作品などでは無駄をすっきりそぎ落とした構図もありますが、それでも宗達と比べても余白は少ない感じです。また今回の大琳派展には出ていませんが、渡辺始興や深江芦江あたりを見ても(私の知る限りの範囲でですが)そう余白が大きいという印象はあまりないのですよね。

 で、翻って酒井抱一ですが、これはもう何をかいわんやです。(笑) 浮世絵時代はそうでもないですが、琳派初期の「燕子花図」は早くもコの字型の構図で中央に大きく余白を取り、その後も掛け軸作品ではくの字型の構図を好み、「柿図屏風」では画面右下にすっぱりと余白を残し、とどめの「夏秋草図」はV字型に中央を空ける等々、枚挙にいとまがありません。それがまた画面構成のすっきりあっさりとした(ある意味淡白な)印象をさらに強めており、江戸らしい洒脱な感性といわれる所以でもありましょうが、よく言われるように円山四条派の典雅な雰囲気とも通じるものがあります。琳派以外にも様々な流派を学び吸収した抱一のことですから、これだけがルーツだと一概に決めつけることもできないと思いますが、ただその余白に以前も触れた季節の移ろいや自然の気配を感じさせるというのは研究者の人たちも同様に考えることのようですね。
 というわけで、昨日久しぶりに読み返した「酒井抱一と江戸琳派の美学 日本の美術 (No.463)」に、こんな文がありましたのでご紹介。

「金地と共に銀地をも好み、繊細な描写を愛した抱一は、四季折々の微妙な季感の表出にすぐれた。(中略) 抱一が描く草や木の花や葉には、夏の雨や秋の風が当たり、あるいは冬の雪がおおい、春の暖気が通うなど、季節や気候に応じてつねに実感的であろうとしており、その辺りが、草木を晴天白日の下にさらし美の極点でとらえようとした宗達や光琳の作風と根本的に異なるところであった」(小林忠)

 今回大琳派展の公式サイトでも、例えば「夏秋草図」が表示されると降りしきる雨の音が響いてきますが、抱一の絵は音だけでなく風の冷たさや花の香といった、視覚・聴覚に加えて触覚・嗅覚などの五感にまで及ぶ四季そのものが込められているとさえ感じることがあります。それが何故なのかと思っていたら、やはり上記の小林氏の文にもう一つ、非常に興味深い意見がありました。

「ところで、微妙な季感、風物詩の表出において、同じ琳派といっても抱一をはじめとする江戸琳派の諸家が、一段と生彩を放っていることに気付かされる。宗達や光琳が主導した京琳派においては、花の彩りや葉の緑が陽光を受けてその美しさを全開させているのに対して、江戸琳派にあっては、雨に打たれ、月の光を浴び、あるいはひんやりとした夕暮の風を受けているまさにその一刻の、移ろいやすい表情をあやうく定着させている。雪月花の味わいが、もうひと味利かされた、いわば「演出された花鳥」という点で、江戸琳派は京都のそれとは異なる個性を主張しようとしたのである」

 これには、なるほど鋭い指摘だ、と思わず唸りました。京琳派のテーマが盛りの美であるのに対し、江戸琳派は敢えて移ろいの美を主役としたというわけで、それがまた微妙な季節の変化を一層鋭敏に感じさせる一因とすれば大変納得できます。そしてその転換のきっかけとなった主役は、やはり抱一さんだったのでしょうね。
 ところで、そんなことを考えていてふと思い出したのが、徒然草の有名な一節「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」です。もっとも江戸琳派(すなわち抱一)の場合、「雨にむかひて月を恋ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情ふかし」とまでは行かず(それはちょっとやりすぎ。笑)、今にも咲き初めようとする桜や月夜の楓のような、直球ストレートをちょっと避けて一ひねり利かせた搦め手的なやり方を好んだようですね。これがやはり有名な藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり」まで行ってしまうともう侘び寂びの枯れた世界になってしまいそうですが(笑)、一口に琳派といっても本当に色々な「変奏」があるのだなと面白く感じました。

 ともあれ、思うことはまだまだ多く尽きないのですが、同日観覧してきた山種美術館の琳派展の感想も含めて、続きはまた後日。

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大琳派展 継承と変奏(6) 縁の下の力持ち

 2008/11/13(Thu)
 画集や図録をめくりながら好きな絵を堪能するのも、美術好きには楽しみの一つですが、実際に美術展に足を運ばないと楽しめないものがあります。掛け軸の軸装や屏風絵の表装がそれで、これらもまた作品の大事な演出道具ですが、実を言えば私もついつい見過ごしがちなのですよね。(苦笑)
 というわけで、今回4点揃った風神雷神図屏風を見ていてふと目にとまったその表装について、忘れないうちに覚書きです。

 まず本家本尊俵屋宗達は、さすがに立派なちょっと幅広の萌黄色?の豪華な布地を縁取りに使っていて、古いだけにややくすんだ色調の金屏風をよく引き立てています。しかし何しろいつ行っても一番人気の混雑なため、あまり近くでゆっくり堪能することができないのが残念でした。
 なお私が初めて宗達の風神雷神に対面したのは、もう随分昔、屏風を所蔵する建仁寺へ特別公開期間に訪れた時です。今でもよく覚えていますが、畳の上に置かれた高さで屏風を見たのはそれが初めてで、元々「国宝」という御大層な看板の割にとてもユーモラスな絵ですが、何だかとても親しみやすく感じられた貴重な体験でした。(今回の大琳派展は特に展示台が高かったので、実際よりかなり大きく威圧感があったように思います)
 次に続く尾形光琳は、これまた打って変って非常にシンプルな細い黒漆の枠だけですが、その代り全体にやや大きめの作品でこれまた迫力では負けていません。ちなみに元は裏絵だった抱一の「夏秋草図屏風」も当然同じようにシンプルな黒漆の枠ですが、今回は風神雷神揃い踏みが優先されたせいもあるのでしょう、「金と銀」の時のような表裏一体再現の展示がされなかったのが残念でした。東博さん、機会があればぜひまたあの展示方式もやってください。
 さて三番手、こればかりは毎回旗色が悪い(^^;)酒井抱一ですが、表装「は」なかなか豪華でした。(笑) 鬱金色?の布地を使っていて、また金屏風3点の中で最も新しいだけに金地の保存状態もとてもよく、雲の淡さも手伝って全体に明るい印象を受ける風神雷神でしたね。
 というわけで、最後の鈴木其一は襖絵なのでちょっと別格ですが、何しろ表装は(其一得意の描表層はともかく)大抵図録にも載せてもらえないので、後1回しっかり目に焼き付けてこようと思います。確かに絵本体を描いた絵師の作品ではありませんけれど、本来あれらが使われて(置かれて)いただろう空間を想像する時、表装もやはり欠かせませんよね。

 ともあれ、他にも(作品は忘れましたが)ちょっと洒落た飾り金具を枠にあしらったものや、明るい朱漆の枠を使ったものなど、何度か足を運んで気持にも余裕のある時にそういうところに着目するのもなかなか楽しいです。今展示中の抱一作「八橋図屏風」はこれまた保存状態良好な上に表装も華やかでしたし、対照的に隣の「柿図屏風」は表装もごくシックに抑えており、また向かいの「波図屏風」は豪快な墨絵の銀屏風にシンプルな黒漆の枠がよく合っていました。
 ちなみに今回光琳と其一の作が出ていた「三十六歌仙図屏風」の抱一版がアメリカに2点ありまして、うち1点は先年プライスコレクション展で里帰りしていますが、もう1点の枠の蒔絵が何と原羊遊斎だそうです。もちろん大変興味があるのですが、何しろ所蔵館が例のにっくき(笑)フリア美術館なので貸出してくれないんですよねえ…残念。

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あさきゆめみし・こぼれ話

 2008/11/13(Thu)
 今年は源氏物語千年紀を記念して、連載当時から受験生必読書(笑)と言われてきた大和和紀さんの「あさきゆめみし」もカラー完全再録版が出ています。私もこの作品の目も彩な美しい平安絵巻そのものの世界は当時から大ファンで(というかご多分に漏れず、この作品で源氏物語にはまりました。^^;)、中でも↓4巻の表紙に使われた空蝉のイラストは、華麗な十二単が定番の源氏には珍しいシースルー(笑)の衣裳がまた独特でとても好きでした。

あさきゆめみし 4 完全版 (4) (KCデラックス)あさきゆめみし 4 完全版 (4) (KCデラックス)
(2008/05/23)
大和 和紀

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 ところで美術愛好者の皆様、この↑空蝉のポーズ、何だか見覚えがありませんか?



ミュシャ:夜
(画像:THEOPOLIS様提供)

 おなじみ日本でも大人気の、世紀末を代表する画家アルフォンス・ミュシャの連作「一日の四つの時刻」を締めくくる「夜のやすらぎ」です。もう20年近く昔、母親がミュシャ展で買ってきた図録を見ていてこの絵に遭遇した時、一目見た瞬間「あ、空蝉だ!」とびっくり仰天しました。いやもちろん、大和和紀さんの方がミュシャの絵に倣って空蝉を描いたのでしょうけれど、まさかこんなところに出典があるとは思いませんよね。

 ともあれ、あさきゆめみしは過去にも愛蔵版が出ていますし、私も文庫版とごく初期のイラスト集やムック本などをちらほら持っていますが、多少高くてもいいから全部のカラーイラストを収録した画集が欲しいなあと常々思います。若いころは高価な本の大人買いというのはなかなかできなかったので、多少財力(というほどでもないですが)のある今ならぜひとも買いたいぞと思うのですが、無理でしょうか講談社さん…?

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大琳派展 継承と変奏(5) 十二ヶ月変奏曲

 2008/11/12(Wed)
 大盛況の大琳派展もあと僅か、この週末はもう一度行ってこようと思っています。そこで最後の観覧前に、ファインバーグ・コレクションより里帰り中の酒井抱一作「十二ヶ月花鳥図」について、簡単におさらいを。

 抱一の代表作のひとつでもある「十二ヶ月花鳥図」のシリーズは「もっと知りたい酒井抱一」でも触れられているように、大きく分けて二種類のグループがあります。それぞれ一月の画題にちなんで呼ばれていますが、簡単にリストにしてみましょう。

 1.「白梅・紅梅・鶯グループ」~宮内庁本、畠山記念館本
   1月:梅椿に鶯
   2月:菜花に雲雀
   3月:桜に雉子/瑠璃鳥
   4月:牡丹に蝶/芍薬に燕
   5月:燕子花に鷭
   6月:立葵紫陽花に蜻蛉/百合葵に雀
   7月:玉蜀黍朝顔に青蛙/木槿に頬白
   8月:秋草に螽斯/芙蓉に鶉
   9月:菊に小禽
   10月柿に小禽/山茶花に橿鳥(カケス)
   11月:芦に白鷺/鴛鴦
   12月:桧に啄木鳥/竹寒菊に鶺鴒

 2.「朝日・白椿グループ」~プライス本、出光本
   1月:白椿に鶯/梅椿に鶯
   2月:白梅に雀/菜花に雲雀
   3月:桜に燕/瑠璃鳥
   4月:薔薇に蜜蜂/牡丹に蝶
   5月:燕子花に鷭
   6月:紫陽花に蜻蛉
   7月:向日葵に蟷螂
   8月:秋草に馬追
   9月:白菊に瑠璃鶲
   10月:柿に烏/柿に目白
   11月:芦に白鷺
   12月:竹に鴛鴦/紅梅に鴛鴦

 こうして並べてみると、それぞれのグループの中でもまた微妙に違いがあったり、逆に別なグループと共通するものもあったりと、とても多様です。
 さて、ここで今回のファインバーグ本のリストを書き出してみましょう。

 「ファインバーグ本」
   1月:朝日・椿に鶯
   2月:菜の花に雲雀
   3月:枝垂桜に瑠璃鳥
   4月:薔薇に黒揚羽
   5月:紫陽花・立葵に蜻蛉
   6月:糸瓜に蛍
   7月:朝顔・藤袴に蛙
   8月:芙蓉・桔梗に鶉
   9月:黄蜀葵に四十雀
   10月:栴檀にカケス
   11月:川柳・黄菊に鴨
   12月:寒梅・藪柑子に雀

 一見して判るとおり、ファインバーグ本は2の「朝日・白椿グループ」ですが、他ではあまり見られない6月の糸瓜に蛍と、10月の栴檀にカケスが特に印象的でした。植物と小動物を組み合わせるというパターンはすべての絵に共通していますが、一瞬どこにいるんだろうと思ってしまうような控え目な5月の蜻蛉や7月の蛙も可愛らしく、また全体に保存状態も大変良好で本当に綺麗でした。
 ただ一方でちょっと引っかかったのが3月の枝垂れ桜で、画面を大きく横切る桜の幹は抱一にしてはちょっと珍しい構図のような気がしますが、そういえば後に神坂雪佳がまさしくあんな感じの絵を描いていたことがあるのですよね。また6月の糸瓜は抱一よりも其一が好んで描いている印象がありますが、繊細な蔓の描写は抱一ならではのセンスを感じさせますし、7月の朝顔と藤袴というモチーフも「夏秋草図」を連想させるなど、いかにも抱一らしい気品をたたえた美しい絵だったと思います。

 ともあれ、こうして掛け軸という細長い形で見ると、抱一の作品は光琳などに比べて一見写実的なようでいて、余白や構成を非常に緻密に計算して描いているなと感じます。これが其一になるともっと先鋭的な印象が強いですが、抱一の絵は草花に寄り添う小鳥や虫たちの存在の可愛らしさがどこか微笑ましく、取り澄ましたような繊細な美しさだけではない優しいあたたかみがあるようにも思えますね。
 なお、10月の連続講座のお話によれば、鳥はともかく「草花と虫」という取り合わせは抱一以前の琳派にはなかったモチーフで、南蘋派の影響も考えられるだろうとのことでした。こんな絵を見ていると、住まいとした雨華庵や馴染みの百花園で四季折々の動植物を見つめていただろう抱一の姿が何となく想像できて、ちょっと親しみを感じてしまいます。(^^)

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男が女を盗む話 ――囚われの女、逃げ去る女

 2008/11/10(Mon)
 さて、少々間を置きましたが、今日は再び源氏関連図書について触れてみます。

男が女を盗む話―紫の上は「幸せ」だったのか (中公新書 1965)男が女を盗む話―紫の上は「幸せ」だったのか
(中公新書 1965)

(2008/09)
立石 和弘

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 上の画像は帯がついていませんが、この本の帯にはずばり「愛の逃避行か、男だけの一人よがりか」という実に怖いキャッチコピーがありました。(笑) しかも思わず興味をそそられ、手にとってぱらりと表紙をめくると、カラー口絵に掲載されていたのは何と、伝俵谷宗達「伊勢物語図色紙」の芥川…そう、まさしく今回大琳派展で見たあの絵だったのですよ。うわー、これはなかなか面白そうだという予感通り、判りやすくしかも読み応えのある本でした。

 さて、まず最初に取り上げられているのは上でも触れた「伊勢物語」の芥川の段で、宗達の絵に描かれた男女は互いに見つめ合い、いかにも相思相愛の恋人同士の駆け落ちといった雰囲気です。しかし著者によれば、「原文には二人の間に心の通い合いは感じられない」とのことで、つまりは彼らが両想いだという事実自体がもしかしたら読者の思い込みにすぎないかもしれないという、ちょっとどきりとするような指摘でした。
 さらに話はいわゆる三瀬川伝承、即ち当時信じられていた「女は死後、三瀬川(三途の川)を渡る時に最初に情を交わした男に背負われて渡る」という話に及びますが、これもまた著者は当時の男性による女性支配と抑圧が背景に見えるとしています。そういえば「逢瀬で読む源氏物語」でもやはりこの話に触れ、「現代の強き女性なら、はじめの男だなんて辛気くさい、背負われる男は自分で決めるわ、いや自分の足で渡るわ、というところだろうが」(笑)とありましたが、あちらが死後も藤壺と再会できない光源氏の悲嘆に触れていたのに対し、こちらは六条御息所や浮舟の哀しみをクローズアップしていた点が非常に対照的でした。

 次に話は「大和物語」の龍田川・安積山へと進みますが、こちらはもう明らかに女性の意志を無視した略奪で、「愛さえあれば」というのが男の幻想でしかないことをこれまた厳しく指摘しています。それは続いて登場の大本命「源氏物語」も同様で、若紫略奪の場面が映画でどのように描かれたかという比較は面白かったですが、結局これもまた拉致としかいいようがないのですね。その後も紫の上を「思い通りに育てよう」とした源氏の放漫、そして最後まで求められる理想の女性として生き、死んでいった紫の上の一生について、「やはりこれは残酷な物語である」と締めくくっていたのが印象的でした。そういえば作家瀬戸内寂聴氏も、源氏に関する様々な著書の中で絶えず「紫の上は一番可哀想な女性だった」と繰り返し語っていましたが、この本で改めてそれが納得できた気がします。

 その後話は「移動させられる女たち」と題して、空蝉や女三宮などについてもさらに検討を重ねていきますが、ここでふと思い出したのが「とりかえばや物語」でした。(注:以後ネタばれになりますので、未読の方はご注意ください) この本では取り上げられていない作品ですが、男装の姫君(女大将)が親友の宰相中将に正体を見破られて妊娠、心ならずも男に匿われて宇治へ連れて行かれるという展開は、まさしく「移動させられる女」です。しかも女大将の苦悩を宰相中将の方はまったく理解せずにただ理想の女性を手に入れたと喜んでいて、生まれた子供も可愛がっているしもう大丈夫と油断していたその隙に、女大将は行方を捜しに来た兄弟(これも元は女装の男君)の助けによって逃亡してしまったのでした。
 考えてみるとこの宰相中将も恐らくは「愛し合う二人の逃避行」という幻想に溺れて女の心にまったく気付かなかったのでしょうし、逃げ去った女を思って悶え泣く有様もまた、伊勢物語や大和物語の男そのままに描かれています。なお女大将はその後密かに兄弟と入れ替わって京へと戻り、やがては帝の后となって幸福を掴むのですが、宰相中将は(やはり別の女性と結婚してそれなりに幸せを得たものの)ついに女の行方を知らないままいつまでも「憂くもつらくも恋しくも、一方ならずかなしとや」であったといい、完全なハッピーエンドとはいいきれない余情が不思議と心に残る結末でした。

 話戻って、そういういかにも物語的な「盗み出された女」が、その結果幸福になれなかった残酷な現実というものを、「源氏」よりもずっと前から物語は語っていたことになります。プルーストの「失われた時を求めて」ではありませんが、「囚われの女」から「逃げ去る女」へと変わっていった紫の上や浮舟、さらに女大将の生き様は、縛られる女の哀しみとそれに気付かない男の哀れさについて、非常に考えさせられました。
 それにしても、例の三瀬川伝承の通り彼女たちが死後光源氏や薫や宰相中将と再会したとして、果たしてその背に負われて渡ることを望んだかどうかを考えると、どうも私としては非常に怪しい気がします。(笑) 仮に男を愛していたとしても、男の愛情が幻想の自分の上にしかないことに気づいていたのなら、それこそ男の手を振り切って自分の足で渡ったかもしれませんが、どうだったのでしょうね?

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続・装丁あれこれ

 2008/11/09(Sun)
 昨日触れた本の表紙について、その後改めて「天璋院篤姫」を調べてみて、面白いことに気付きました。というわけで、まずは改めて歴代表紙のご紹介。

天璋院篤姫〈上〉 (講談社文庫)天璋院篤姫〈上〉 (講談社文庫)
(1987/11)
宮尾 登美子

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天璋院篤姫〈下〉 (講談社文庫)天璋院篤姫〈下〉 (講談社文庫)
(1987/11)
宮尾 登美子

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(新装版) 天璋院篤姫 (下)(新装版) 天璋院篤姫 (下)
(2007/09/07)
宮尾 登美子

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(新装版) 天璋院篤姫 (上)(新装版) 天璋院篤姫 (上)
(2007/09/07)
宮尾 登美子

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新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫)新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫)
(2007/03/15)
宮尾 登美子

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新装版 天璋院篤姫(下) (講談社文庫)新装版 天璋院篤姫(下) (講談社文庫)
(2007/03/15)
宮尾 登美子

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 といった具合で、最初が加山又造作「春秋波濤」、次が尾形光琳作「竹梅図屏風」、そして酒井道一作「桐菊流水図屏風」と、いずれも琳派に深い関わりを持つ作品です。特に光琳の「竹梅図屏風」はただ今大琳派展にて出品中で、私も今日見てきましたが、誰がこの絵柄を選んだのでしょう?


 ところで加山又造画伯といえば、昔から気になっていたのがまたしても(笑)渡辺淳一氏の本の表紙です。

失楽園 (上)失楽園 (上)
(1997/02)
渡辺 淳一

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失楽園〈下〉失楽園〈下〉
(1997/02)
渡辺 淳一

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幻覚幻覚
(2004/09/15)
渡辺 淳一

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 上から順に「花」「春宵」「月」と、いずれも加山画伯の代表的作品でファンなら一目で判りますが、これは誰の趣味なんだろうなーと一頃随分気になりました。(特に「失楽園」は一世を風靡したので余計に。笑) なおその加山さんの大規模な回顧展が久々に来春開かれるそうで、これまた楽しみですね。(^^)

 参考リンク:加山又造展公式サイト

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装丁あれこれ

 2008/11/07(Fri)
 ちょうど1年ほど前、渡辺淳一氏の「あじさい日記」が発行された際、書店で表紙を見ておやっと思いました。一瞬「……何で抱一?」と首を傾げ、それから画面左上にあじさいがあることに気付いて納得したのですが、しかしこの構図だと真ん中の真っ赤な芥子の花の方がどう見ても目に付くのですよね。まあ、元々の絵自体あじさいが上の方でトリミングされているので仕方ないのかもしれませんけれど、予想外のところで抱一に出会ってちょっとびっくりした出来事でした。
 ともあれ、ここで使われた「四季花鳥図巻」上巻は現在、大琳派展にて全体を見ることができます。酒井抱一作品の中でも、東博所蔵で比較的目にする機会の多い絵ですが、一度に上下巻揃ってというのはなかなかないので、やっぱり楽しみですね。(^^)

あじさい日記あじさい日記
(2007/10/10)
出典:四季花鳥図巻(東博所蔵)

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 ところで抱一は世間一般では飛びぬけて有名というわけではありませんが、アクの強すぎない画風がある意味正統派日本美的なためか、注意しているとそれなりに琳派関連以外の本やデザインでも見かけます。また切手の絵柄でも結構目に付くことが多いですが、これは多分彼が得意とした四季花鳥図が構図や題材として使いやすいからでしょうね。(特に去年の民営会社発足記念切手は実に華やかでした。^^)


和楽 2008 9月号和楽 2008 9月号
(2008/08/06)
出典:夏秋草図屏風(東博所蔵)

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吉兆 料理花伝吉兆 料理花伝
(1983/01)
湯木 貞一、辻 静雄

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 ↑の画像では判りませんが、「吉兆 料理花伝」の表紙は抱一の秋草図(多分夏秋草図の左隻)なのだそうです。(吉兆提供・BRUTUS記事より) しかし「夏秋草図」なのに、何故か秋草図の方が人気がありますね。


日本の伝統色 (Graphic Design)日本の伝統色 (Graphic Design)
(2007/01/16)
出典:夏秋草図屏風(東博所蔵)

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日本の色 (コロナ・ブックス)日本の色 (コロナ・ブックス)
(2006/09/26)
出典:四季花鳥図屏風(京博所蔵)

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 また、抱一本人の作品ではありませんが、今旬なので(笑)ついでにご紹介。



新装版 天璋院篤姫(講談社文庫)


新装版 天璋院篤姫 (講談社文庫)

新装版 天璋院篤姫(上)
新装版 天璋院篤姫(下)
(講談社文庫)
(2007)
出典:桐菊流水図屏風
(酒井道一、板橋区立美術館所蔵)

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 また書名は忘れましたが、以前何かの時代小説の文庫本で、抱一の「風神雷神図」が使われているのを見てやっぱり驚いたことがありました。「本家宗達でも光琳でもなく何故に抱一?」とこれまた首を傾げましたが、本当に何故だったんでしょう…


追記:見つけました↓これでした!(^^)


戦国秘譚 神々に告ぐ〈下〉 (角川文庫)戦国秘譚 神々に告ぐ〈上〉戦国秘譚 神々に告ぐ〈上〉
戦国秘譚 神々に告ぐ〈下〉
(角川文庫)
(2002)
出典:風神雷神図(出光所蔵)

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逢瀬で読む源氏物語

 2008/11/06(Thu)
 今年は源氏物語千年紀ということで、初心者向けにも色々面白い本がたくさん出ています。というわけで、最近読んだ中からひとつご紹介。

逢瀬で読む源氏物語 (アスキー新書 63)逢瀬で読む源氏物語 (アスキー新書 63)
(2008/05/12)
池田 和臣

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 読んで字の如く、源氏物語の「逢瀬」をテーマに取り上げたもので、作中の様々な逢瀬の場面での男女の心理の機微を丁寧に読み解いていきます。ちなみにこの作者、一般的な男性の感想とはまた違った意味で光源氏に大変容赦がなく(笑)、例えば藤壺との関係においても「身勝手な極悪非道のストーカー」とばっさり一刀両断しています。(しかもそれが説得力のあるところがまた怖い) 「あさきゆめみし」で藤壺と源氏の絵に描いたような悲恋に憧れた若い読者もいるかと思いますが、こういった「藤壺は本当に源氏を愛していたのか?」という問題提起は研究者の間では結構見られるようですね。(私見ですが、あさき~の光源氏はオリジナルよりかなり優しい男に描かれてると思います)

 ともあれ、全体としては一夫多妻制に安住する身勝手な男(源氏や薫等)の言い分と、それに苦しみやがて結婚・恋愛拒否に至る女たちの関係を、男性著者にしては男に批判的に述べています。このあたりは後日取り上げる予定の「男が女を盗む話」(中公新書)にも似たようなところがありますが、ただ一応女性として言わせてもらうなら、女の側にも判っちゃいるけどそれでも騙されていたいという気持ちも時にあるでしょうし、現実を見つめるのは男女どちらにとっても厳しいものですよね。
 とはいえ、こうひとつひとつ取り上げられると、今さらですが源氏物語って実に救いのない残酷な話だと改めて思わされる、とどのつまりかなりシビアな内容ではありました。そんなわけで、華麗な恋愛絵巻としての源氏物語にうっとり浸りたい方には敢えてお勧めしません、念のため。(笑)

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大琳派展 継承と変奏(4) 見えぬものこそ

 2008/11/03(Mon)
 さて項を改めまして、今度は酒井抱一を中心に、前項ともちょっと絡んだ感想です。

 今回展示替で特に楽しみだったものの一つが、三井記念美術館所蔵の「兎に秋草図襖」です。昔「芸術新潮」で「あな珍しや!酒井抱一の"フロ-リング"襖絵」という記事に取り上げられたこともあるこの作品、一面に斜めに張った薄い木の板を吹き付ける風に見立てるという風変わりな趣向で、ぜひ一度見たいと思っていたのが今回ようやく叶いました。抱一得意の細く繊細に流れる葛の蔓(つる)の表現や揺れるススキの穂が、板地を背景にしただけで激しく吹き付ける風に翻弄されるようすをまざまざと想像させて、まるで現代の漫画の効果線のような手法もさることながら受ける印象もちょっと珍しかったです。ちょうど1週間前に箱根の仙石原のススキ野を見に行ってきたのですが、その時に見た強風に波打つ一面銀色のススキをふと思い出しました。

 それにしても、代表作「夏秋草図屏風」や今回里帰り中の「柿図屏風」など、抱一の作品は時折「風」を感じさせるものがちらほら見られます。(今回初観覧の「柿図屏風」など、縹渺とした晩秋の風の音や冷たさすら伝わってくるようでした) 図録で「止まる時間」を描いたと述べられた其一は、そのシャープな印象に反して意外に「風」はあまり?描いていないようですが、抱一の作品は絵でありながら動きや音までもがこちらに伝わってくるような風を描いているのですね。そんなことを思ったら、クリスティナ・ロセッティ(ラファエル前派の画家ロセッティの妹)の詩が頭に浮かびました。

  「誰が風を見たでしょう
  僕もあなたも見やしない
  けれど木の葉をふるわせて
  風は通りぬけてゆく」(西條八十訳)

 風そのものは決して目には見えないけれど、抱一はそんな風そのものを目に見える形で描くのではなく、風になぶられる草の動きで描いたのでしょう。それも一瞬の時を写真のように切り取るのではなく、今ならば映像として捉えるような目で見つめ、波打つ草の動きや葉擦れの音さえも紙の上に描き留めようとした――そんな気がします。
 また少し話は違いますが、思えば抱一は銀屏風で月光を暗示する描き方はしても、光そのものを例えば光線のような形で表そうとはしていませんし、また目に見える「雨」ですら、「夏秋草図」では明らかに意識しつつもやはり描いていません(其一は「雨中桜花楓葉図」でしっかり描いていますが)。光もまた風のようにそれ自体を描くことの不可能なもののひとつで、そんな自然の事象を目には見えない、強いて言うなら「気配」として描こうとしたのが抱一の世界なのではないでしょうか。それが季節の移ろいに敏感な俳諧の世界に生きた彼ならではのものかどうかまでは判りませんが、何にせよ本当に繊細な感性を持った画家だったのだろうなと、改めて感じました。

 というわけで、最後に風にまつわる作を一句ご紹介。

    抱かれたり負けたり風の萩すゝき           ――――抱一


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大琳派展 継承と変奏(3) 風神の風

 2008/11/03(Mon)
 当初「毎週通ってやるー!」とか息巻いていたわりにしばらく都合がつかず、昨日やっと3回目の観覧に行ってきました。しかし少しゆっくりめにと考えて午後4時くらいに着いたら、何と入場20分待ち…「ええ、この時間にまだ!?」とちょっと驚きましたが、さすが風神雷神人気は今回も健在だったようです。悩んだ末に30分ほど暇をつぶしてから入場しましたが、やはり中はまだそれなりに混んでいて、ようやく空いてきたのは実に5時半過ぎでした。あー疲れた(^^;)

 ともあれ、今回は抱一の本邦初公開(ってのも変な表現ですが)「十二ヶ月花鳥図」ファインバーグ本や、十数年ぶり(だったかな)での光琳・抱一「波図屏風」揃い踏みなども大変見応えがありましたが、最後にもう一度見に行った「風神雷神」4作を見ていて、あれっと気がついたことがありました。
 一昨年の出光での展示とは違って、今回東博ではほぼ一列?に勢揃いという嬉しい状況で見ることができましたが、宗達、光琳、抱一、其一と順番に見て行った時、最後の其一の雲の描写がふと目に留まりました。前回はさほど気にしなかったのですが、其一の絵では左側の雷神はともかく、右側の風神の背後の黒雲が激しい風を受けたように強く靡いているのです。あれれと思ってもう一度宗達に目を戻しましたが、宗達のやや淡い雲にはもちろんそんな描写はなく、その隣の光琳のおどろおどろしい黒雲もやはり同様でした。
 ところが、其一の師匠抱一の屏風を見てびっくり、ここで初めて風神の背景の雲に「風」の動きが出てきていたのです。出光で宗達・光琳・抱一の三作を見た時にはまったく意識しなかったのが、今回其一が加わったことで突然はっきりと見えて、しばらく驚きに足が止まってしまいました。

 そこで当然、抱一はどうして彼が模写した光琳の風神にもなかった「風」を入れたのだろう?という疑問が湧きましたが、考えてみれば彼はあの「夏秋草図」を「風神雷神図」の裏絵として描いた人です。雷神の裏には雨に打たれる夏草、そして風神の裏には風になびく秋草を、というこだわりの元に配置した抱一ですから、自身が風神雷神図を描いた時にも敢えて意識して風神の背後の雲に「風」を思わせる描写を入れたのかもしれません。そして抱一の弟子であった其一なら、当然そんな師匠の製作現場を間近で見ていたでしょうし、屏風よりも広い画面に描くことでさらにダイナミックな嵐の世界をあの「風」で表現しようとした可能性もありますよね。(ただ其一自身が、光琳作の実物を見ていたかどうかまでは判りませんけれど)

 ともあれ、宗達や光琳にとってはある意味あくまで架空の図像イメージとしての存在に留まった風神雷神が、抱一と其一では現実の自然界の中に現れたものとして表現されたということなんだろうかとか、うまく言えないのですが色々考えさせられてとても面白かったです。特に其一は独立後の変化の大きさが劇的だけに師匠との関係を色々言われたりしてますが(苦笑)、ああいうものを見るとやはり、抱一の影響を色濃く受けた江戸琳派の絵師だったのだなあと思いました。
 なお、帰宅後はろるどさんのブログを拝見して初めて気がつきましたが、抱一の「光琳百図」に出てくる「風神雷神図」も、本来光琳作にはなかったはずの「風」がはっきり描かれているのですね。今回の観覧では「光琳百図」の風神雷神や抱一作の扇と見比べることはできませんでしたが、上手下手はさておいて(笑)4人それぞれにとっての風神雷神の捉え方をもう一度じっくり比較しながら見てみたいと、改めて思いました。
 というわけで、多分来週は山種美術館で始まる琳派展の後、東博にもまた行ってきます。(^^)

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