パスポートと友の会

 2008/07/29(Tue)
 千尋は美術館の会員パスなどはあまり持たない方ですが、東京国立博物館の年間パスポートだけは長年愛用しています。昨日お邪魔したいづつやさんのブログでも話題になっていましたが、これはお値段の割に本当にお得なので、東博によく行く方ならこれを知らないのは絶対損!というお勧め品です。年間会費が去年4000円に値上がりしましたが、とはいえ特別展6種までOKですから最低3回行けば充分元は取れますし、もちろん普段の通常展示だって入り放題。ついでにここだけの話、とりわけ特別展で窓口が混雑している時など、行列を横目にパスを見せて悠々と入場するのはちょっと気分がいいのですよ。(笑)

 ともあれ、私のパスは今年の9月が期限なので、次回は多分秋の大琳派展で更新だろうなあと、当初はのんびり構えていました。(←使用期限は購入日から丸1年なので、期限が切れても次の特別展までは更新しない。笑) しかし考えてみるとパスポートはお得で便利な反面、特別展1種につき1回しか使えないという制約があるのです。しかし今度の琳派展は下手をすると毎週行くかもしれないくらい気合が入っているので、たかだか1回フリーになるくらいでは到底おっつきません。現に4年前のRIMPA展も合計4回行きましたし、大好きな抱一や光琳のためなら出費惜しくないのも事実ですが、とはいえさすがに4回も5回も行くとなるとやっぱり馬鹿になりませんよね。(^^;)

 で、そこではたと思い出したのですが、そういえば東博には年間パスポートよりさらに1ランク上の「友の会」なるものが存在するのです。会費は年間1万円(!)と少々お高いですが、その代わりこちらは特別展観覧券が何と12枚もらえるそうで、パスポートと違って同じ特別展でも何回でも使い放題なのですね。加えて自分だけでなく家族や友人と一緒に使うのもOKですし、さらにその他グッズやコンサート等の割引もついてくるなど、さすがに高いだけあって待遇も段違いで、これはうまく使えば非常にお得かもしれないと今さらながら気がつきました。元々前から気にはなっていたし、この機会に一度試してみようかしら…?

「東京国立博物館 友の会ご案内」
http://www.tnm.go.jp/jp/guide/tomonokai/index.html
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対決 巨匠たちの日本美術

 2008/07/27(Sun)
先週19日(土)、東博で話題の「対決 巨匠たちの日本美術」を見てきました。実を言えば今回の内容はあまり好みの作品がなかったのですが、その中でおお、と思ったのが俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」です。以前にも少し触れましたが、この屏風は萬野美術館所蔵時代のやはり東博特別展「金と銀」で見て以来ずっとご無沙汰していたので、久しぶりの再会でした。

そもそも琳派という流派は何故か「源氏物語」より「伊勢物語」関連の作品が圧倒的に多いですが、「蔦の細道」もその代表的なテーマのひとつで、燕子花ほどの知名度はないものの色々な絵柄によく出会います。とはいえその中でも宗達作のこの屏風は際立って印象的で、華やかな金地に殆ど緑青のみで大胆にトリミングした絵柄は、もしかすると光琳以上にモダンかもしれないと今回感じました。琳派の中でもとりわけのびやかでおおらかな印象の強い、悪く言えばやや洗練されない泥臭さも残る宗達ですが、そんなところがまた源氏より伊勢に似合っているのかなとも思います。(その意味では抱一なら源氏が似合いそうなんですが、何故か彼も全然描いていないのですよね。…残念)

ともあれ、今回は大物作品が目白押しで観客が分散されたのか、いつもなら大抵混雑する等伯の「松林図屏風」も案外ゆったり見られたのは嬉しい誤算でした。(笑) そして待望の大琳派展のチラシもめでたく入手、其一の屏風が里帰りするらしいと判ってこれまた楽しみです。(そしてふと思ったのですが、其一だったら今時の若い人にも案外うけるんじゃないでしょうか?)


参考リンク:朝日新聞社提供
http://www.asahi.com/kokka/masterpiece/11.html
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いちめんのあさがお ―鈴木其一『朝顔図屏風』―

 2008/07/20(Sun)
 今日の新日曜美術館「踊る朝顔」は、実に珍しく鈴木其一が主役でした。酒井抱一大好きな私にとっては、彼の一番弟子で代作もよく勤めたという(笑)其一の名前はもちろんお馴染みですし、琳派目当てで巡った美術展などでも彼の作品には数多く出逢っています。特に代表作の「夏秋渓流図」(根津美術館)は光琳や応挙と共に何度も見ている作品で、また最近では三井記念美術館で、今日の番組でも紹介された朝顔の掛け軸を見てきました。(でも最初遠目で見た時は、一瞬抱一かと思ってしまった。苦笑)

 さてその其一さんですが、まず最初に白状しますと、実を言えば抱一ほど私の好みというわけではありません。(ごめんなさい) 初期の作品は本当に抱一そっくりで好きなのですが、独立後の彼独自のシャープで今見てもモダンなセンスが発揮されるようになってからの絵は、申し訳ないけれどそれほど心惹かれる作品は多くないのです。
 とはいえそんな中にも例外はあるもので、其一の其一らしい絵として私が一番好きな作品というのが、何を隠そう今回の主役「朝顔図屏風」なのでした。

 初めて「朝顔図屏風」を知ったのは、まだ琳派を知って日が浅かった頃、お手軽な琳派入門書として面白そうだなと購入した「琳派に夢見る」という本の中でのことです。きらびやかな金地に鮮やかに描かれたリズミカルで豪華絢爛な朝顔の美しさに、まさに一目で虜になってしまいました。
しかし悲しいかな、この屏風は海外流出して現在メトロポリタン所蔵となっており、そう簡単に会いにいけるようなものではなかったのです。何でこんな凄いものを流出させたんだと地団駄踏みつつ、いつか見たいなあと長年憧れ続けた、私にとっての幻の作品でした。
 それが忘れもしない4年前、かの「RIMPA展」で里帰り作品の中にこの「朝顔図」が入っていると知った時は、そりゃあもう飛び上がりました。会期の始まりをじりじりしながら待ち焦がれ、やっと念願叶って対面した現物は思ったとおりそれは美しく、しかも嬉しいことに保存状態も大変良好だったので、それでまた感動を新たにしたものです。この時は会期中合計4回通いましたが、同じ展示室に置かれた抱一作「月に秋草図屏風」と並んで、毎回会いに行くのがとりわけ楽しみな作品でした。

 ところで、この「朝顔図」を初めて見た時の第一印象に「あれ、何だか光琳の燕子花屏風に似てるなあ」というのがありました。金地に殆ど青と緑だけで描いた花、そしてリズミカルにうねるような構図(其一はまた一段と躍動的ですが)という共通点もあって、何だかこの人抱一よりも光琳にセンス近かったのかしら、と感じたのを憶えています。もっともモチーフを大胆にデザイン化する光琳や、対象を実物以上に美しく繊細に理想化する抱一ともまた違って、其一の絵はモダンな上にどこか若冲とも通じる博物学的な世界だなあと、内心密かに思っていました。
 そんなこんなで、今回の番組はそんな個人的感想が私だけのものではないのだなと判って大いに嬉しくもあり、また江戸時代における朝顔や博物学などの背景にも触れていて、全体にとても興味深く面白かったです。しかし考えてみると、私は特に西洋のボタニカルアートとかはあまり得意ではない方で、だから若冲や其一も(作品によりますが)微妙に苦手だったりするんでしょうね。(^^;)

 さて、ここでひとつ、番組冒頭の紹介についてちょっと文句?を述べたいと思います。

 一体誰が説明書いたのか知りませんが、あれでは抱一さん、何だかとっても勝手で我侭な酷い人みたいではないですか!(笑) いやそりゃ身の回りの世話させたのも代作頼んだのも事実ですが(ちなみに代作はばっちり証拠の手紙も残ってます)、そもそも二人は師弟でしかも主従関係でもあったのですからそのくらい当然ですし、大体あの時代の職人の丁稚奉公なんてもっと大変だったでしょう!(特に其一自身、職人出身なんだから尚更それはよく知っていたと思う) それに抱一だってさらに光琳だって、琳派の巨匠は40前後からの遅咲きの人が多いんだから、其一一人が回り道させられたみたいな言い方はしないでくださいよー!!
 ……こんなところで息巻いてもしょうがないのですが、ともあれ抱一から直接伝授された基礎的な技術はもちろんのこと、抱一の属していた文化サークルとも其一は大いに縁があったようですし(確か亀田鵬斎にも可愛がられたとか)、そういう人脈などからも得たものはきっとたくさんあったと思います。(遊郭遊びはまた別として。笑) だからその後彼が雨華庵を継承することなく、一人立ちして別の道を切り開いていったのも抱一との決別ではなく、師匠から受け継いだものを踏まえた上で自ら新しい世界へ進んでいったのだと、私としてはそう信じたいのでした。

 ともあれ、確かに抱一さんは大名家出身にしては(むしろだからこそ?)案外自由奔放そうなイメージもある人ですが、思えば彼が敬愛した光琳も私生活は相当かっとんだ人だったのですよね。そしてそんな光琳を堅実な弟乾山が終生支えたように、遊び人抱一さん(笑)とその真面目な?弟子其一も結構いいコンビだったのではないかしらんと想像すると、それはそれで何だかとても楽しい気がします。以前読んでとても面白かった小説「兄は光琳」のように、誰かそのへん書いてくれる人がいたらいいんですけどねー。(^^)

 あ、最後になりましたが、番組に出てきた真正面からの向日葵の絵を見てふと、さらに後の神坂雪佳が描いた金魚の絵(同じく真正面から描いたあれです)を思い出しました。ああいうある意味シンプルで大胆な構図は今見てもとても新鮮でしかも何だかユーモラスさがあって、二幅並べてみたら面白そうな気がします。(ちょうどどっちも夏の題材ですし。笑)


おまけ:今回の参考書籍

琳派に夢見る (美術館へ行こう)琳派に夢見る (美術館へ行こう)
(1999/02)
仲町 啓子

商品詳細を見る
琳派入門のお手頃な1冊。美術館情報も重宝。(ただしデータが少し古いので注意)

日本絵画の見方 (角川選書)日本絵画の見方 (角川選書)
(2004/12)
榊原 悟

商品詳細を見る
知ってはいけない?日本絵画における贋作事情の案内書。(笑)
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十月十日の誤解?

 2008/07/12(Sat)
 本日たまたま図書館で借りた源氏物語の研究書を読んでいて、薫の父親は本当に柏木なのか、という突込みをした論文に遭遇しました。おお、これは面白そうだと思ったのですが、読んであれ?となったのです。

 四月十余日 ……柏木、女三の宮に密通
 翌年正月(?)……薫誕生
 同三月    ……五十日の祝い

 以上が本文から判る経過で、著者はこれについて、妊娠期間は十月十日なのだから計算が合わないと主張しているのです。確かに旧暦で28×10+10=290日と考えると、薫の誕生は二月下旬から三月になりますから、五十日の祝いは四月にずれこむ可能性が出てくることになりますね。

 しかしここで大問題なのが、そもそも「十月十日」という日数です。(※以下ちょっとデリケート(笑)な話になります)

 現代の妊娠日数の数え方も28日=1月で大体280日としていますが、これは最終月経の初日からのカウントであって、実質的妊娠期間(つまり受胎から出産まで)は排卵日までの約2週間を引いた266日が平均値と言われます。これを旧暦で考えた場合、女三の宮が密通からすぐに懐妊したとすると(実際相手の柏木はそう思っている)、266÷28=9ヵ月と14日、つまり薫が生まれたのは大体一月下旬から二月始め頃で、よって五十日の祝いは三月後半で計算は合うのです。もちろん実際の期間はある程度誤差が出ますし、また当時は数年に一度閏月が入ることもありますが、それを差し引いても薫が柏木の子とするのは問題ないと思うのですよね。

 ところで源氏物語にはもうひとり、やはり密通で妊娠・出産した藤壺のケースがあります。こちらは冷泉帝誕生が二月十余日、そこから逆算して受胎したのは四月下旬頃で、「若紫」の描写とも合致します。なお表向きは桐壺帝の子として十二月出産予定と発表されたため(「紅葉賀」)、十月十日なら二月懐妊となりますが、四月に藤壺が宿下がりするまで桐壺帝が最愛の妃である彼女を放っておいたとはとても思えませんから、ここは三月懐妊で妊娠期間はやはり約9ヵ月+αで計算したと見ていいでしょう。
 またついでながら明石の君が姫君を産んだのも二月十六日で、六月頃(今で言う妊娠三ヵ月)から兆候が見えたとありますから、平安時代の女性の妊娠期間が現代とそう極端に違うとも思えません。それに作者紫式部自身、自分の娘(賢子)や中宮彰子の出産も経験している人ですから、まさかこういう重大な事件についてミスを犯したりはしないと考えます。(年齢は時々確信犯的に変えたようですが)

 というわけで、何だか引っかかったのでとりあえずここに書いてみました。この「十月十日」は女性でも案外勘違いしている人が多いようですが、現実の男女関係でも一歩間違えると大惨事になりかねないので気をつけましょう(^^;)
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祝生誕100年

 2008/07/08(Tue)
今日の昼休み、何気なくGoogleのトップへ飛んでびっくり、今日は東山魁夷さんのお誕生日だったのですね。(ちなみに昨日はシャガールでした) しかも一番大好きな「緑響く」をベースにしたデザインで、なかなかよくできたロゴでした。(^^) Wikiあたりでは東山さんの代表作には入っていませんが、某CMといい、使いやすい絵なんでしょうか?(まあ確かに「道」とかではロゴにし辛そうではありますが。笑)

なお、Googleのいわゆるホリデーロゴは↓以下のページにあります。(注・シャガールと魁夷さんは入ってません)

「Googleホリデーロゴ」
http://www.google.co.jp/holidaylogos.html
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